「――え!ガーネットも人間だったの!?」

いつもは静かな晩餐の場に、明るいティナの声が響く。
ソルディスと、ティナにニル、それとルーク・ガーネット夫婦。
私的な知人とはこの二人だけ。やっぱり私的な付き合いは少ないんだ、という呟きは、ティナの心の中にしまっておき。
前菜のサラダを口に運びながら、ティナはガーネットと女の子同士の楽しい会話真っ最中。
普段なら咎めそうなソルディスも、今日ばかりは黙って騒がしい二人に目を瞑っている様だ。

「何年前だったかしら?ずーっと前にね、両親と木苺狩りに出かけて、私だけはぐれちゃって」
「へぇー…」
「パパとママは魔獣に襲われて死んじゃったんだけど、私は迷子になって泣いていた所を、彼と彼のお父さんに助けられたの」

肩を竦めながら、ガーネットはトマトを口に運んだ。

「それからルークのお家でお医者さんの仕事を手伝う様になってね。ソルディスのお城とかにも出入りする様になって……何時の間にかルークと惹かれ合ってね」
「僕が一生幸せにするから、ってプロポーズしてね」
「プロポーズされたのが昨日の事のようよ」
「僕もだよガーネット。君を森で見つけた時、僕はナスリカの妖精に出会ったと思ったくらいだ」

熱い熱い。
他人の馴れ初めを聞くのは楽しいことでもあるが、ここまで大っぴらに話されると気恥ずかしいくらいだ。

「まぁ、私ってもう地元ではある意味伝説っていうか?昔話の女の子化してるわけ。たまに私のことが記載してある本もあるんだけど、それって大抵子供用の絵本に書いてある程度で――」
「そ、それって、もしかして“迷子になったミーラ”!」
「あら、知ってるの?私の旧姓がミーラリオっていうんだけど」
「昨日の夜読んだばっかりよ!」
「……お前は子供用の絵巻を読んでいるのか」

ソルディスの鋭い突込みにティナは顔を引き攣らせた。
内緒にしていた事なのに、こうもあっさりバレてしまうとは。
呆れているソルディスの顔を見ない様にしながら、ティナはガーネットとお喋りを続けた。

「えっと、それで……ガーネットも、その……魔族の仲間になった訳?」
「きゃー!聞く?そこ聞いちゃう?ティナったら大胆ー!」

いや、別に聞かなくても。
自分から言った事なのに、ティナは頬を染めて視線を泳がせた。

「そりゃあ勿論私も今じゃ魔族の仲間入り済みよ。まぁ、それもこれも私とルークが愛し合っている証拠よね!ね?ルーク」
「その通りだよガーネット!愛があれば人種すらも乗り越えられる、神は何て素晴らしい生命の神秘を僕達に与えてくださったんだろうねェ」

ルークは葡萄酒の入ったグラスを優雅に弄びながら、楽しげにソルディスを見やった。

「君も神からの恩恵を十分に活用すべきだと思うけど?」
「その馬鹿を挑発しないでルーク。ティナの身体が持たないわ」
「ああ、それは言えるかもね。君、昔から思いやりに欠けるって言うか、自分が良ければ全て良しの傾向があるからさ」
「……」

ソルディスは無表情で食事を続けながら、殺気の篭った視線を送った。

「それにしても、ソルディスに殴られたのなんて何年振りかな」
「ま、前にもソルディスに殴られたの?」
「何ていうかソルディスは照れ屋だからねー。城下でふざけて抱きついたりすると限りなく本気に近い渾身の力で僕の鳩尾を殴ったりするんだよ」
「俺は常に本気だ」
「うわ!酷!君って僕に誤診されたらどうしようとかっていう危機感を全然持ってないよね」

ガーネットとニルが声をあげて笑いまくる。
ただ二人、無関心な表情のソルディスと夫の身を案じるティナだけが全く笑っていなかった。

そんな彼らのもとに運ばれてきた次の皿は、乾し海老と山菜のクリーム煮。
漂う香りは実に美味しそうで、ティナは嬉しそうにナイフで小分けにし始めた。

「ティナ、楽しそう」

ガーネットは微笑みながらティナの顔を見つめた。

「いつも食事時は静かだから、何だか楽しくて」
「あらー。それって多分というか絶対に誰かさんのせいよね」
「そうだねガーネット。もしかしなくても誰かさんのせいだろうね」

二人の視線は、自然と主の席へ集中した。
だから何だと言いたげに、ソルディスは顔を顰めて二人を睨み返す。

「食事中は食事に集中するべきだ」
「うん、それも一理あるんだけどさ。君の信念にティナまで巻きこむのはどうかと思うよ」
「そうよソルディス。食事中だってなんだって、愛する二人は愛を語り合うべきだわ」
「こらガーネット。そんな事言ったら僕達二人が食事中愛を囁きあっているのがばれるじゃないか」
「あらそれもそうね。いけない私ったら」

ガーネットはコツンと自分の頭を叩いた。

「ま、ソルディスが僕等のような食事中の甘い囁きに憧れても到底無理かもしれないけどさ」
「そろそろ脳味噌の取替え時期か?」
「いや冗談きついねソルディス。そんな君も、流石のティナ嬢にはすっかりお熱じゃあないか。ねぇ、そうだろう。旧友の僕の目は誤魔化せないよ、領主様」

ルークの言葉に、ティナは驚いてソルディスを見た。

「そ……そうなの?」
「ティナ、駄目よこの子にそんな事聞いちゃ」

甘いわね、とニルは人指し指を振った。

「聞けば聞くほど口を閉ざすとはこういう事を言うのよ」
「ニルの言うとおりさ。口に出さない愛の形という物も存在するんだよ――僕とガーネットには到底考えられないけれどね。愛を一日として囁かない日は無いというこの素晴らしき事実は何物にも変え難いものなのにさ、ねぇガーネット」
「そうよルーク。貴方の言葉は私を射る矢のようだわ」
「それじゃあガーネットが死んでしまうよ」
「いいのルーク。貴方に殺されるなら本望よ」
「ガーネット」
「ルーク」

最早この二人を止める者は存在しない。

食事中は、喋らない方が食が進む――
そんなソルディスの考えにほんの少し納得したティナだった。



















「泊まっていかないの?」
「うん、僕ら朝早くから城下で患者を見なくちゃならなくて」
「それに新婚さん夫婦の所に泊まるっていうのもねー」
「ねー」

見送るソルディスに向かって、ルークは肩をぽんぽん叩いた。

「まぁ、君も僕を見習って頑張ってくれ。また定期検診の時にでも来るよ」
「正直主治医を変えようと思っている所だ」
「まーたそんな事言って!君の大事なティナの健康も僕が預かっているようなモンなんだよ?」

その言葉に、一瞬ソルディスは黙った。
ソルディスはルークの腕を掴んで、完全なる作り笑顔で微かに微笑む。

「昔、俺の食事に睡眠薬を混ぜた事があったな?」
「え」

ルークはその温厚な笑顔を固まらせる。

「眠らされている間に酷い目にあった」
「あ、あれはまだ子供の時の話じゃないか!ちょっと、その、父さんの薬を拝借して君に悪戯したのは認めるけど……ていうか!君、それ僕がティナにもすると思ってるんじゃないだろうね!」
「お前はやりかねない」
「しない、しないから!……本当にしませんから腕の力抜いて!痛いよソルディスー!」



涙目で叫ぶルークの声は、暫くの間城の廊下に響いていた。









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ぼふっ、と小さな身体はベルベットの生地に沈みこんだ。
上気した肌は仄かな湯気を立ち上らせている。
湯浴み上がりの彼女は、今日一日の事を思い出し満足げに溜息をついた。

「あー、楽しかった!」

ティナは顔を綻ばせてそう言った。
この城に来てから、大声で笑ったり話をしたのは初めてである。
初め会った時は色々と悪戯をしかけられたけれども、本当に一緒にいると楽しい人達だとティナは嬉しくなった。また会えるという楽しみと、ソルディスにああいう友人がいて良かったと思う気持ちが入り混じる。

私的な友人までもが寡黙で気まぐれで食事中黙りこむ人達だったら絶対食卓で気絶していた――想像をしてみればみる程恐ろしい。

ティナは頭をぶんぶん振って、後ろの背もたれに寄りかかった。

そう、ティナは今椅子に座っている。他の誰でもない、この部屋の主人――ソルディスの椅子である。
ソルディスの部屋で、ゆったり肘掛椅子に座りすっかり城主気分。
部屋の主が湯浴みで不在なのを良い事に、ティナは少し悪戯心で領主ごっこをやっていた。

大きな椅子に腰を下ろすと、そこはとても良い座り心地。
使い古した机に手をついて、少し胸を張ってみる。

「あ、なんか、本当に領主になった気分!」

思わず自分が偉くなった気がして笑みが毀れてしまう。
かく言うティナも十分高貴な身分というかむしろ聖レィセリオスの女王であるのだが、本人にその自覚が無いところが少し悲しい。

机上の羽ペンを手にして、インクもつけないまま紙に何か書く真似をしてみる。
ますます気分は領主様だ。

「そういえば最近仕事とか無くて楽なのよね」

つい数日前までカステルに見守られながら仕事をしていたのが懐かしい。
もうずっと前の事のようだ。


自国の民は、既に自分の境遇を知らされているだろうか。
カステルは、上手く国民の動揺を抑え込めていられてるだろうか。
自分がいなくなった後、聖レィセリオスの政は全てカステルに託されている。
この先自分がずっとト・ノドロにいる事になれば、国の主権は誰が握るのか。
――ソルディスが、国民の前に自ら姿を現し、魔族の存在をさらす出す?
いいや、それは無いだろう。人前に出るのが嫌で婚儀を断るくらいの人物なのだ、死んでもやるかと一蹴されるに決まっている。


あれこれ思案しながら、ティナはまた椅子に踏ん反り返って、一人なのを良い事にネグリジェのまま堂々と足を組んだ。
クリーム色のネグリジェはティナの膝元まで捲りあがるが、気にせずに仰け反る。

「これって疲れを癒すのに良い遊びかも!」

嬉しそうにクスクス笑う。

「ソルディス君、ワインを注ぎたまえ」

(……うわ、言ってみたい!)

自分で言って嬉しくなったティナは、ソルディスが来る直前までこの遊びに興じる事にした。
サイズの合わない椅子にまだ座り続けようと体勢を直すと、ふと、机上に煙管が転がっているのが見える。傍の灰皿を見れば灰がのっている辺り、最近吸った形跡がある。

勿論火の気は消えているが、それより、ティナはソルディスが煙管を吸うのかという事の方が気になった。

(普段、煙草の匂いはしないけど……)

カステルは身体に悪いと言って若い頃から吸っていなかったが、ニキィの父親・モーガンがよく吸っていたから、その匂いは知っている。
もしソルディスが煙管を吸っていたらティナも気がつく筈である。

不思議に思いながらもその煙管を手に取ると、ティナは吸う真似をしてみた。
流石に悪いと思って口はつけなかったが、持っただけでも更に領主様気分だ。

「ソルディス君、駄目だよ。新婚なのに妻を放ってばっかりで。そんなんじゃあ、奥さんに捨てられても文句は言えないよ?」

と自分で言ってみたものの、そう言えばそうかもしれないと納得してしまう。

「……そうよ、文句なんか言えないんだから」

拗ねる相手もいないのに、拗ねてみる。

「もっと新妻を優しく労わって誉めてたまには散歩にでも連れて行ってやらなきゃ」
「どこに」
「えっとね、水辺とか花畑に――」

――ひゃっ!

危うく煙管を落としそうになったティナ。
固まったまま動けないでいると、ゆっくりと椅子が絨毯の上を移動するのが分かった。

机の方を向いていた椅子が、一転して逆に向けられる。

「え……っと」

足を組んで踏ん反り返って煙管を握って作り笑い。
ティナの目の前には、湯浴みからご帰室の領主様が立っていた。
いつもと同じ黒のガウンを着込んで、半乾きの黒髪を下ろしている。
言うまでも無くその表情は笑っていなかった。

(扉は音を立てて開けて下さい!)
心の中で思い切り叫ぶ。
悪口を聞かれた上に馬鹿みたいな遊びまでばれてしまったティナは愛想笑いを浮かべるしかない。
椅子の背もたれに手をついて自分を見下ろすソルディスは、十分迫力があった。
ティナが座ったままの椅子の背もたれを、片手でつかんで移動させているあたり腕力が凄い。
降参しました、と言わんばかりにティナは取り敢えず煙管を差出す。

「……返します」
「吸ったのか?」
「まさか!」

思いきり首を振って否定する。

「吸い方分からないし」
「吸いたければ吸えば良い」
「え?」
「それとも子供には無理か」

馬鹿にしたような言葉に、ティナはむっとした。

「じゃあソルディスは吸えるの?」
「吸えるさ」
「……でも、いつもは煙草の匂いがしない」
「普段は吸わない。気が晴れない時に吸うだけだ」

そういうとソルディスは机の引出しを開け、刻んだ煙草を煙管の火皿に詰めた。
燭台の火を拝借し、煙草に微かな火を灯す。

ティナは、手馴れたその仕草を椅子の上からぼぅっと見ていた。

「大人っぽい」
「大人だ」

ソルディスはそう言って、ティナの目の前に煙管を差出す。

「……吸え、って?」
「何事も経験だ」

ティナは恐る恐る受け取ると、そっと吸い口に口をつけた。
そして煙を吸いこむ――

「……う、ゲホッ!ゴホっ……」
「美味いだろう?」
「ケフッ……ど、どこが」

ティナは涙目になりながら煙管を突っ返した。
楽しそうにソルディスは咽喉で笑いながら、今度は自分が優雅にそれを吸う。
咽る事も無く十分味わい、ゆったりと煙を吐く。
残念ながら、ティナはその「味わい」といったものが一切分からない子供である。

「そんなの吸ったら、もっと苛々すると思う」
「子供は皆そう思うんだ」
「……子供子供って」
「拗ねると益々子供に見える」
「この城に来てから、どんどん我侭になってきました」
「それは興味深い現象だ」

数回煙管を味わうとソルディスは灰皿に灰を落とした。
今日は気分が良いのだろうか、煙草の残りを全部灰皿に預ける。

「そう言えば、妻を労わらないとどうとか言っていたな?」
「あ」

楽しそうに細められたソルディスの双眸に、ティナは危機を察知する。

「お前が俺を捨てるって?」
「あ、あれは冗談!ていうか、いつから後ろに?」
「“ソルディス君ワインを注ぎたまえ”」
「あわわ……」

ティナは頭を抱えた。
聞かれた。ひっそりと味をしめて楽しんでいたのに、最初からバレバレだ。

「――良い格好だ」
「え?」

ティナはソルディスの視線の先を見た。
足を組んだ弾みでネグリジェが捲くりあがり、露わになった白い膝。
ティナは慌てて足を解くと、すぐにネグリジェの裾を下ろした。

「そ、そういうのは、“せーてき”嫌がらせって言って」
「性的嫌がらせか」
「そう!」

だからどうしたとソルディスは何処吹く風である。
ティナの抗議は右から左へ。全くもって聞こえていない。

ふと、ソルディスは何を思ったか、ぶかぶかの椅子に座るティナの前にしゃがみ込んだ。
そっと手を伸ばし、ネグリジェの裾を押さえるティナの手を取る。

「……領主ごっこの続きを?」

そう言うと、ゆっくりとティナの手の甲を自身に近づけた。
びくっとを引きそうになったティナの手は、ソルディスに強引に引かれ口付けを余儀なく許す。
ソルディスは、甲に触れた唇をそのままティナの指へ移動させ、丁寧に啄ばんだ。

「ん……っ」

指にキスをされているだけなのに、身体の力が抜ける。
目の前で跪く彼の姿が、ソルディスをティナより身分が低い者に錯覚させる。
それはまるで、ティナに忠誠を近い、誓いの口付けを行う騎士の様で――

「……っ…ぁ」

ソルディスが白く細い指に舌を這わせるとその刺激は決定的なものになる。
ティナの指先から身体の奥まで、電流のような刺激が走った。
耳まで真っ赤に紅潮させたティナは、思いきり手を引いて続きを拒んだ。
無理強いを続ける気は無いのか、それとも領主ごっこの一環なのか――
自身の手を緩め、ティナの細い腕を解放する。

ソルディスから逃れても、ティナの指先はまだ熱かった。
彼は、残念、と目で笑う。

「これも性的嫌がらせですか、領主殿?」

口端を歪める彼はこの状況を楽しんでいる。
見上げてくるその瞳に、ティナは心臓を突き上げられるようだった。
ソルディスは、視線をそっと下に下げる。ゆっくりと、そしてそっとティナの脹脛に手をかけた。

「きゃっ!」

ティナが慌ててその手を外そうとするが、ネグリジェから覗く白い足を少し持ち上げられると自分は椅子に再び寄りかかるしか無くなってしまう。

ソルディスは、躊躇いも無く彼女の白い足に口付けた。

「――んっ、…ぁ」

脹脛の内側を順に口付けられ、その啄ばみは膝の方へ、そして太腿の方へ上がっていく。

「あ、ダメ、……やぁ…っ」

ティナはソルディスの頭を両手で押し留めた。
ソルディスはお構いなしに、その白く柔らかい肌を堪能する。湯浴み後ということもあってティナの身体から微かに石鹸の香りがする。
彼は柔らかい内側の肌に、赤い華を散らし始めた。
悲鳴のような小さい声をあげながら、ティナは恥ずかしさに背を丸める。
彼女の甘い声を聞きながら、彼はその行為を止める事はしない。

「……ソル……っ」

間にソルディスの身体が割り入っているため、足を閉じる事も出来ない。

「や、……もう止めて」
「何故」
「なぜって、」
「領主ごっこは飽きたか?なら――」

ソルディスはぐっとティナの腰に手を回して、一気に彼女を肩に担いだ。

「え?きゃっ、恐い!ソルディス、降ろして!」

背の高い彼に担がれると、視点は一気に高所へ変わる。
ティナは驚きと恐さに足をばたつかせるが、ソルディスは聞く様子も無く部屋の燭台の火を消した。
ソルディスの背中を叩きながら文句を言うティナは為す術も無く、哀れとしか言い様が無い。

「ソルディス!私高い所ダメなの!降ろしてお願い!」
「騒ぐな」
「――キャっ!」

視界がぐるりと回転したかと思うと、ティナは柔らかなベッドシーツの上に降ろされたもとい、落された。
ベッドのスプリングに身体を揺らされながら、ティナは眩暈を起こす。
痛い、と額に手を当てながらソルディスを睨もうとするが……薄暗さの中ガウンの締紐を解き始める彼の姿に硬直した。

「ソ、ソソ、ソルディス一体何を……」
「続きは夜、と言っておいた筈だ」

淡々と言うソルディスに、ティナの頭は真っ白になる。

「妻を労わらないと捨てられるんだろう?……なら、丁寧に労わってやる」

圧し掛かるソルディスの体重にベッドが軋んだ。
男の力、しかも魔族に人間の軟弱な少女が敵うわけも無い。
あっさりシーツに沈み込められたティナは、抵抗しながらもソルディスの口付けを受け止めた。

「……っ…」

昼間留めたその続きは、思ったよりも優しく、それでいて深いものだった。
柔らかい唇どうしが重なる感覚に、慣れないティナは気絶しそうな陶酔感を覚える。

まだ濡れているソルディスの前髪が、ティナの瞼や頬に触れる。
そんなひんやりとした彼の髪とは正反対の、吐息の熱さ。
ティナの背筋に鳥肌が走った。
(――やっぱり、温かい方が良い。)
普段の彼は低体温で、指先なんか氷の様に冷たいのに。
それなのに、湯浴み後の彼の身体は火照り――吐息は、押さえつけてくる腕は、こんなにも温かくティナを侵食していく。

暫く続いた口付けの後、ゆっくりソルディスが唇を離すとティナは顔を紅潮させて息を切らしていた。
湿った唇が何か言いたげに動いているが、声は紡ぎ出せていない。

「何だ」

ソルディスがゆっくりと髪を撫でながら聞けば、ティナはそっと目を背けて、

「……煙草の味、嫌い」

ソルディスはやはり子供だと言おうとしたが、ここで拗ねられては面倒だ言うのを止めた。
代わりに、もう一度軽くティナに口付ける。

「なら、苛ついた時はお前に解消してもらうか」
「それは無理」

どうせ虐めるんでしょ?と疎ましそうに言うティナ。
虐める、という言葉にソルディスは思い出した様に言った。

「……今度虐められたら俺を呼べ。好き勝手言わせておくな」
「だ、だって本当の事だったから」
「お前の身体が子供だから、俺が飽きると?」

馬鹿馬鹿しい、とソルディスは舌打ちをする。
苛立った様子の彼に焦ったティナは、打ち消す様に話を逸らした。

「あの……じゃあ、ソルディスに虐められたら?」
「諦めるんだな。お前を虐めて良いのは俺だけだ」

そう言ってガウンを脱ぐソルディス。
――彼と散歩に行く日は当分先になりそうだと諦めて、ティナは固く目を瞑った。








<晩餐へ行く者達 fin>

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