私は、婚姻を結んでいる。

それは、つい最近知ったこと。臣下から、知らされた事実。

相手は、隣国の皇子様でも、遥か彼方遠国の皇子様でも無い。
それも見ず知らずの他人どころか、相手は「王子様」どころか、――人間ではないと言うのだ!

それは、世では「存在していながら存在してはいけない」とされている者達。
人間の敵であり、一目見れば生きて帰れぬと伝説に伝えられる者達。

――すなわち、『魔族』。

「空想上の生き物と結婚しろ!?そんな話って本当にある!?」と私がパニックに陥ったのは言うまでも無い。
馬やら虫やらと結婚しろと言われたほうが、まだ現実味があると言うもの。
…ちなみに、私の両親はれっきとした人間だ。
しかもお見合いでなく、恋愛結婚。

気性穏やかでおっとりとした性格の父上。
しっかりものだった母上。
そしてその間に生まれた、優しい兄。

まだ小さかった私の手を引いて色々と親切にしてくれた兄は、本当にしっかりした人で、優しさを持った人間だった。だから、いつかは彼がこの国を父上から引き継いで、そして、守って行ってくれるんだろうと。ずっと、そう思っていた。

ところが事態は一転!

国は後継者の皆無にも近い事態で危うくなり…、やむをえず小娘の私が国家最高権力者に。
周囲の心広い大人達に見守られながら、文献を読み、国勢を知り、ある程度の武芸もこなし、王族としての風格を損なわぬようにこれでも一生懸命やっていたのだけれども。

それが、突如明かされた「魔族との結婚」。

夕食の折、重く口を開いたのは、勿論、側近のカステル・ジニア。
確かに私は18歳。女王としても女性としても、結婚適齢といえば適齢の時期かもしれない。
少なくとも15歳から結婚が認められているこの国において、婚姻自体はとりたてて不思議のない話ではある。
うん、まぁ、……婚姻事態、は。

次から次へと飛び出すカステルの婚約話(唐突過ぎて逆に面白かった記憶がある)。
それをどこか遠くのお姫様に起こった事のように、ぼぅっとして聞いていた。
彼の言葉は右から左へ。
食がまったく進まず、スープ2口にパンを一ちぎりと言う小食に済んでしまった事にも気がつかなかった。
そして同時に――宿命というものは、もしかしたら、秀麗にせよ残酷にせよ、本当にありうるのかもしれないと思ったのだ。




“魔族”。
大抵の人間とってそれは作り話の中の生き物に過ぎない。
人間にとって魔族は、神話の中の神様とか、妖怪とか、そういう物と同じである。

そんな魔族について具体的な記述があるのが、『新神文書』という本である。
(小さい頃はよく訳もわからずに、「しんしんもんじょ」、と語呂遊びで兄と笑っていた記憶がある)

この新神文書という本、実際には誰が書いたかは明らかになっていない。
この本を崇拝する奇妙な宗教もあるけれど、私達は絵本や何かで中身を知ったり、歴史の授業でうっすら習ったりという程度の本である。

かくいう私も勉学の時間に「うっすらと」習って、魔族ってこういうのなんだ・・・と思った程度。


だから、私は今も、魔族が実在するとは思えない。
あんなに堅物で真面目で武芸・政治一筋のカステル・ジニアが真顔で話した所で、実感なんて湧いて来ないのだ。


――ただ、簡単に笑ってすます、ということが出来ない理由も私にはある。
作り物のはずの「魔族」に対する被害届が、実際に国内各地で報告されているのだ!

いわく。「森に遊びに行った娘が、魔族に攫われるのをみた」。
いわく。「団体で野草観察に行った若者が、魔獣に食い殺されたところで発見された」。

エトセトラ・エトセトラ…。



そういう土地に国を位置しながら、それに追い討ちをかけるようにもたらされた……婚、約…話。
(正直言って、「自殺をしにいけ」と言っているようなものでしょう?)

勿論承諾しなくても良い婚約なら、とっくにはっきり無理と言っている。
でも、私には行かなければいけない理由がちゃんと存在するのだ。
私が魔族に身を捧げなければいけない理由はただ一つ。

それは「国を守るため」。

交換条件と言うべきだろうか?
人質として価値ある一人を差し出しますので、どうか国民に危害は与えないでくださいという―――
古いと言えば古い、しかしありがちな約束。

それは例えるなら、猛獣の檻に放りこまれたウサギ。空腹真っ只中に差し出されたステーキ。
どうか死なないで、無事でいて下さいという方が無理な話。

普段何も考えないで生きている私も、それこそ死ぬほど悩んだ(ほんの数秒ほど)。
ここで嫌と首を振れば、私は確かに他の真っ当な人間と婚姻を結び――しかし国民は魔に恐れおののき常にその生活を廃退させることにもなりかけない。
カステル・ジニアに、私は二つ返事で了承の意を見せた。


「良いの…、身を犠牲にしてこそ王族です」



そう言った私は、果たして上手く笑顔を作れていただろうか。





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