拘束


             
LOVERS





甘い、微かな芳香が鼻を擽って、少女はぼんやりと目を覚ました。

おぼろげな意識のまま伸ばした腕に、さらりとしながら纏わりつくシルクのシーツが心地良い。
ふうわりとした羽枕に沈む頭。体を受け止め守るような、感触の良い寝床。
天女の為の寝床の様、ティナはそう思って体を動かそうとする。

途端、不自由さが彼女を襲った。

気づけば、彼女の両手は何かで拘束されていて、自由に体を起こしたり、立ち上がる事が全く出来ない。
ティナは慌てた。
よく働かない頭のまま、それでも必死に周囲を見渡すけれど、暗闇で殆ど何も見えていない。
(――違う。暗いんじゃない、)
ティナは気づいて、その事実に恐怖する。
彼女の目は、何か、恐らく布で覆われていて、周囲の様子を見渡すどころか己の体を見ることすら不可能だった。


何、何、何――


早まる鼓動。
微かに体に残る痺れ。
その痺れと、部屋に漂う甘い匂いに、ティナは記憶を少しずつ取り戻した。
(ソルディス、ジェノファリス)
その姿を思い出して。恐怖に、混乱する。

不自由な体、物見えぬ瞳。
自由なのは声だけで、ティナは、咽喉に凍りつきそうな声を、必死に絞り出した。

「――誰、か」

声は、響かない。
これじゃあ、どこにも届かない。

今は何時?国王はどこ?
リィネは、皆は?
私は今、どこに居るの――

把握できない事実の多さに、ティナは、気が狂いかけた。

誰か、

震えた声で、もう一度呼びかけた。


「目を、覚ましたか」


ティナは固まる。
人気への安堵と、覚えがあるその声への恐怖。

ティナは、解けぬ腕をギシリと闇雲に解こうと抗いながら、泣きそうな声を絞り出す。

「ソ、ルディス、国王……っ!あなたは、……何、どうしてっ、」
「暴れても、無駄だ」

声は、近づく。
ぎしりとした音と、揺れる寝床。
震えるティナの耳元に、低音が落とされた。

「俺の声は、覚えたようだな。良い子だ」

つぅ、と、布の上から眼球をなぞられる。「今一度、その瞳を開けろ」

言葉と同時に、彼女の視界は開放された。
眉を顰めながら、ティナは、瞬きをして、ぼんやりとした光景を受け入れる。

今が昼なのか夜なのか分からぬ、窓の無い空間。
部屋に、ぽつりぽつりと置かれた燭台。桔子色の灯り。
身を結ばれた寝屋は、その橙に染められて、最後に彼女は、ティナを見下ろすように立つ、男の姿を見た。
黒装束を纏った王の、冷たい視線と絡まって、ティナは思わず目を逸らす。
途端、ソルディスはティナの顎に手をかけて、

「逃げるな。その緋色の眼に、主人の姿を焼き付けろ」

咽喉で笑う彼に、ティナは言葉を詰まらせた。
――主人。
ようやく自身に降りかかった危機を把握しはじめて、彼女は焦った。

「……国王、は…リィネは、」
「お前は、死んだ存在――二度と会う事は出来ない」

(死んだ、――)

「わたしを、このまま、この部屋に閉じ込めるの……?」
「言う事を聞かず、故郷に帰ろうとするからだ」

お前が悪い。
そう言われて、ティナは気を失いそうになった。
この人は。この王は――狂っている。

「お願い、また、何度でも歌うから――、いえ、もう、この国に留まります。だから、お願い、この部屋から出してっ」
「――断る」

切り捨てて、ソルディスは笑う。
ティナの横に、腰をかけて。首元の紐帯を緩めながら、ティナの白い首筋に唇を落とす。

「やっ……、やめ、てっ」
「言葉の割には――良い反応だ」

やはり、歌姫と言うだけの事はある。
ティナの、怯えながらも奏でられる女の悲鳴は、男を誘い込んで絡め取る、官能の蔓。
ソルディスは、その蔓を腕に絡めてもぎり取る暴君の如く。
ティナの首筋を伝って、彼女の、幼さ残る桜色の唇を、強引に奪い取った。

「ん、んぅ、っ……!、…ん―!」

二度目の陵辱に、ティナは、しかし抵抗する術を持たない。
両腕は自由を奪われ、両脚はソルディスの身体によって割り開かれ、その肝心の体自体、あの甘苦い薬と、寝屋に漂う甘い芳香とに惑わされて力を失いかけている。
絡み取られ、つぅとなぞられる舌は、彼女の口内で敏感に反応して難なく彼の支配下に堕ちる。

生まれて初めて経験するこの暴挙に、ティナはただただ混乱をするばかりで、思わず瞳に涙が滲んだ。
未通娘の味に、ティナを一度解放したソルディスは満足気で、

「慣れていないか。あちらの王は、お前を娘としか見ていなかった様だな」
「……っ…ぁ、」

慕う王の顔を思い出して、ティナは苦しそうに眼を瞑る。
つ、と一粒涙が伝った。
そんな彼女の悲痛な表情すら、ソルディスにとっては快楽を助長する演出となる。

楽しそうに笑みを浮かべる狂気の王に、ティナは体を捩らせながら呟いた。

「ひ、どい……貴方は、間違って、る」
「そうか。それは結構」

ソルディスはティナの唇を啄ばんで、満足気に言う。
手は彼女の腰帯を解いて、よく日に当たらず粉雪の様に真白で穢れのないその肌を、寝屋の上に曝した。

「や、……いやっ!やめて、やめてください、」
「叫べ。お前の声は、良い」

閨の中では、甘い悲鳴こそがお前の歌声。
そう笑うソルディスの眼前に曝された彼女の肌は、ほんのりと熱を帯び、本人の抵抗に反して女の薫りを持ち始める。

「愚かだと、笑うなら笑えば良い」

耳元で囁かれる、宣告。

「お前の声は、身体は、俺の為だけに存在する」
「あ……んぅ、…やぁっ、」
「この咽喉も、腕も、骨も。――ティナ、眼を瞑るな」

俺の声を、耳から離すな。
俺の姿を、眼に焼き付けろ。

繰り返される口付けで混乱する間に、ティナの肌の上を、王の掌がゆっくりと滑る。
それほど大きくも無い胸のふくらみを、愛おしそうに撫ぜられ、先端を弄ばれれば、歌姫は今までに無い甘い声を漏らしながら背を反らす。
彼女の細胞一つ一つを味わうように。彼女の身体を、侵食していく。

口付けは、唇から、耳、鎖骨へ下り、可愛らしい先端を味わうと、腹を伝って、やがてティナの内腿へ辿り着く。他人の熱に慣れぬそこを啄ばまれ、ティナは鳴いた。

「やぁっ……、ねが…、そんな、トコ」
「嫌なら、暴れろ。存分に鳴け」
「ひぁ…っ!」

秘部を隠していた、薄い布を除いてソルディスの指がそこに絡む。

「歌姫は、嘘を吐くのが随分と上手らしい……」

ひくりと震えながら、ティナの下は蜜を零して、王の冷たく長い指をするりと受け入れた。
指にすらキツく、熱くねっとりと絡みつくナカは、彼の寵愛を待ち望んでいたかのように、ぎゅうと蠢いては男の劣情を誘い狂わす。

他者の侵入に対する恐怖に身体が強張るけれども、部屋に漂う甘い芳香の所為で、体の芯からは力が抜けていく。首を捻らせて寝床の脇を見れば、仄かな炎に燻された灰山。
ああ、それは催淫の香だ――
他国から仕入れた品だと王は笑う。

「っんぁ、や、……ひ、!…っ、ぅ、」
「――花は、咲く直前が美しい物」
「あ!、あんっ、……やぁっ」

幼い蕾を弄ばれて、ティナは意識を飛ばしそうになる。
恋をしたことすらない少女に、いいや、今宵、初めて淡い恋心を抱きかけた彼女にとって、ソルディスの情はあまりにも急で酷だった。彼の強い毒は、純粋無垢の歌姫を、骨の髄まで飲み干す様、じっくりとその重みを与え込む。

嗚咽が漏れる秘部からは、絶え間なく流れる蜜。それはぷっくりとした割れ目を伝って、白い臀部を濡らし、上質のシーツに染みこんでいく。初めて与えられているであろう快楽、羞恥、被虐。ひくりと蠢くナカから指を抜いて、ソルディスは、ティナの唇をもう一度、食むように深く塞いだ。
舌を絡め、奥へ、奥へと、息つく間も与えず口内を味わいながら、片手は、自身の革帯を外す。

「んぅ、…っ…、――っ!?――ん、っ…んー!!」

不意に、宛がわれた熱。
予期せぬ侵入に、ティナは恐怖で体を硬直させた。

「……ぁっ、あ!、や、やだっ、怖っ、」
「力を抜いて息をしろ。拒めば、後が辛くなる」
「あ、あぁっ、!――…っ、あんっ、…っ」

男の欲望が、ティナを貫く。
あまりに熱く、大きな彼の楔に、歌姫は鳴いて背を跳ねた。
肉の味を知らぬ身体には残酷で、しかし、王には慣らす時間すら苛立たしい。
喘ぐ彼女の歌声に合わせて、しなる身体。それは何よりも、卑猥で、女に慣れている筈の彼の理性をも崩すに十分過ぎるほど。

「分かるか、ティナ」

お前のナカに居る、この存在を。
内側から食い尽くされる、完全なる支配を。

「あ!っん、や…ぅっ!、…うごいちゃ、ダ、メ、…ぇっ!」
「我侭を言うんじゃない。咥え込んでるのはお前の方だ」
「あんっ、ぁっ、ひっ、――ぁっ!」
「……授かった才は、下の方も同等らしい」

媚薬と王の愛撫に毒された体は、ソルディスの情を十分に受け入れて締め付けたまま必死に纏い、奥の襞と溢れ出す蜜は更なる陵辱を彼に促す。

「ひぁっ……あんっ!んぅっ、……や、…っぁ、……っ!」
「良い姿だ、歌姫。磔の蝶宛ら」
「…ぁ!、っ、あぁん、っ、!んぁっ!……熱……!…やん、…あっ!」
「謡う蝶とは、世にも珍しい」

羽根が美しい蝶は、生きたまま磔にする。
それが、暴れる姿が、堪らなく愛おしく、わざとその身に触れれば、蝶は混乱して力の限り抵抗し、

「羽根が千切れて、死ぬ」
「――あぁ、っ!…あんっ、!だ…め…ェ、っ!…ふ……ぁっ、やぁっ、…!」
「お前は、生かしてやる、ティナ――ああ、聞こえていないか?」

鳴き続ける少女の瞳は虚ろだった。
王の深すぎる愛に涙を流し、身体は跳ね、下肢は溶けるように熱く痺れる。
ぐちゃりと音がする度に、感度を増す体は、近い限界を示していた。

「ティナ、謡え。今度は、俺の為だけに」
「……ぁっ!…?…や、ん、あぁっ!…、…っ…――あんっ!!」

急に強められる律動。
顔色一つ変えず、余裕に笑う王の囁きは、聞こえているのかいないのか、ティナは咽喉の奥から先刻よりも一際甘い声を奏でた。ぐちゃぐちゃに熱いそのナカを、隅々まで、じっくりと、かき回して壊すように、ソルディスは彼女の体を貪る。

「あっ!…ん、っ、ああっ…!…?…なに…っ…やだ、こわ、い、……っ」
「イイんだろう?ティナ……」
「ひゃ、ん!、ゃっ、…あぁ、ぅ、っ!…!……あぁん、っ!、」

膝に手をかけ、一層深くティナを味わうと、びくんと彼女は快楽に跳ね、弾けそうな絶頂を予期して首を振った。

「やだ、っ!――助、…あぁ、んっ!!」
「名を呼べ、ティナ」
「…ぁ…っ…?…ひゃ、っ――!、、――あ、……ソル、…ディ、…スっ…!」
「――良い子だ。褒美をやる」

最後の、歌を。
ソルディスが、ティナの一番敏感に反応する箇所を可愛がるように擦り上げてやると、少女はとうとう意識を手放しそうになりながら一際高く声をあげた。

「ひゃぁっ!……あ、ふぁ…っ!……ソル…っ!…だ、め、っ!もう……、――いや、ぁっ!!」
「受け止めろよ。今日から、お前の主人は、俺だ」
「あ、っ、や、……いや、っ、!…あぁん、…――ぁ――……っ!!!」

きゅう、と強く痙攣して。
最後に最も美しく鳴いた歌姫は、主となる男の熱を放たれて、熱と、身体中に走った快感に溺れるよう、びくびくと背を跳ねた。絶頂を迎えた体は、そのまま、しばらく男の楔を打ち込まれたまま、ひくりと名残惜しそうに彼に絡みついたまま。
無意識ながらも可愛らしいその痴態に、王が、やっと女の色を見せた彼女の蕾をつぅっと撫でてやると、蜜壺は彼の熱を最後まで飲み込むように強く絡んだ。

初めての躾にしては上出来だった歌姫を労うよう、ソルディスは、半ば朦朧とした彼女の唇を啄ばんで、額に一つ口付けを落とす。ずるりと抜かれた杭に、無意識な鳴き声をあげて、体を捩るティナを、すぐにでもまた汚してしまいたい衝動に駆られる。

「今すぐ壊してやろうか?……だが、それだと使い物にならなくなる」
「……ん……、」
「ティナ、お前はきっとすぐに羽根を千切ってしまうからな」

ぼうっとした声で、返事とも、何ともつかぬ音を出す咽喉に、口付け。
両手を縛っていた帯を取ってやりながら、その手首にも口付ける。

そうして、頬に手をやり、深い、優しい口付けを。
与えた瞬間、ティナの目から、涙が一筋。

それは絶望か、歓喜の涙か――どちらでも良い、と、彼はそれを静かに舐め取る。


さて、ティナ。腹は空いていないか。
お前は、甘味が好きだと聞く――そうだ、特別に作らせよう。
あの時お前が食べたいと言った、三日月のようで、甘く解ける琥珀色の砂糖菓子を。
ああ、銀製の食器も用意してやる。
俺が差し出す食事をお前は、一口一口、その桜色の唇で食んでいくんだ。
ティナ、今一度目を覚ませ。もう一度、俺を見ろ。
そうだ、その虚ろな目で、しっかりと俺の瞳を焼き付けろ。


主の命令に、ティナの瞳は、彼を映した。
涙を流す、緋色の眼で。


見ているのか、見ていないのか。起きているのか寝ているのか、分からぬ彼女の意識の混濁を全く意に介さず。

籠に蝶を収めた王は、満足気に眼を細めると、再びその唇を深く塞いだ。











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