落とした扇子が、出会いの楔。





ンデ


      ーリー






がしゃりぐらりと揺れる馬車。
じゃらりと重たい、絢爛豪華な光石の飾りを髪に結いつけられてティナは、頭が重たいと侍女に拗ねた。

「ティナ様。今日は外遊とは言え、国賓として舞踏会に出席なさるのです。豪華過ぎる方が寧ろ相応しいというものですわ」
「でもリィネ、私は王族じゃないわ」
「非公式であっても、ティナ様は王族の一人として国王のご寵愛を受けております。ほら、そんな俯いては、可愛らしいお顔が台無しですわよ」

リィネに励まされながら、ティナは国王の笑顔を思い浮かべる。
観衆に手を振るその国王が乗った馬車は、二つも前。
その後ろの馬車には、彼の娘である王女たち。
さらにその後ろに小さく着くように、ティナの乗った箱馬車が続く。


ティナに王族の血は流れていない。
彼女は、孤児だった娘だ。

歌女として暮らしていたティナ。
その彼女は、3年前、貴族のマリアーヌ嬢に大層気に入られ、妹として引き取られた。

流行病で女王を亡くした国王が、側室としてマリアーヌ嬢を傍に置き、そんな彼女さえも病にこの世を去ったのは丁度半年前の事である。
マリアーヌの愛する歌女として、妹として考慮した国王は、そのままティナを我が子の様に可愛がり、まるで王族と同等であるかの様に彼女に接し、今日もこの様にしてティナは、王族の一人としてひっそり外遊についてまわるに至っている。

王宮での生活は、正直、快いものではなかった。
庶民同然のティナを、王女たちは当然蔑み、王宮を歩けば冷たい視線とささやかな小言。

ティナにとっての救いは、心優しい国王と、彼が設けてくれる会食で己の声を響かせるあの至福の一時。
それと、隣に座る、同い年の侍女リィネとの他愛も無いおしゃべりの時間。

あ、それと、リィネが運んできてくれる甘い甘い毎日のお菓子!
あとは窓から手を伸ばせば届く、庭に生る夏桃の実と、窓先にやってくる小鳥とのおしゃべりと、それと……

「ティナ様。ぼーっとしてらっしゃいます」

はっ、と現実に引き戻されて、ティナは外の祭り騒ぎにまた憂鬱になってため息をついた。

「舞踏晩餐会は何時からだったかしら」
「七時ですわ。その時は、ティナ様もお歌を歌いになるのですから。泣きそうな顔はよして、笑ってください。きっと晩餐には美味しい甘味がいっぱいでますよ」
「本当、リィネっ?」
「伺った話によれば、こちらの王宮には有名な菓子職人が数々の甘味を献上されているようですし、それに、国王もきっとティナ様のために、こちらの国に伝えてくださってる事でしょう。王にとっては、ティナ様の喜ぶ顔が何よりの癒しなのですから」
「でも、……私、やっぱり何だか不安だわ」
「一体何が」
「この国――ト・ノドロ国の、国王。何だか、良い噂を聞かないもの」

ト・ノドロ先代国王が亡くなって、若き国王が頂点に経ってから5年は過ぎたのだろうか。
先代国王の死因は病という事になってはいるが、その裏では、やれ子息が毒を盛っただの、刺し殺しただの。
人となりも決して良くなく、冷徹、唯我独尊、非情等々……。

そんな国王の前で歌声を披露するのだ。
にっこり笑えるわけがない。

歌い間違ったら、殺される?
咽喉を涸らしたら、首が飛ぶ?

光る切先を思って、ティナは身震いをした。

「ティナ様」
「な、何……」
「やるしかありませんよ」

ガッツポーズをするリィネ。
サポートは任せろと意気込む彼女に、ティナは引きつり笑いをしながら頷いた。





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「――あの女は?」


唐突に呟かれた言葉だったので、若い下男は思わず聞き返した。


「何でございましょう」
「あの女は、誰だと聞いている」
「……あの……と申しますと、一番後ろを歩いている方のことでしょうか」


窓の外には、貴賓を乗せた馬車、そこからぞろぞろと降り立つ王族と大臣達。
その後ろにちょこんとついて歩く小柄な娘に、下男は心覚えが無かった。
男の問いに即答せねばならぬのに、彼は首を捻る。

「レィセリオス国王がご寵愛なさる、歌女でございますよ」

答えたのは、茶を注いでいた執事のロドメだった。

「元は平民の歌女でございましたが、縁があり王宮で暮らしているとの事でございます。今夜、舞踏晩餐会ではその歌声をご披露なさるご予定です――ソルディス様」

歌女――
ソルディスは下男を下がらせると、横へ茶を運んできたロドメに言った。

「ロドメ」
「何でございましょう」
「あの女の事を調べろ。晩餐の前に、俺に報告するよう」
「――畏まりました」

にっこりとした笑みを浮かべ、ロドメは深々と礼をする。


「それではすぐにでも。失礼いたします――国王閣下」





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……ぼけー、っと。
思わず口をぽかんと開けそうになるのを堪えていると、クスッと笑い声が聞こえた。

「あらやだ。あまりにも場違いすぎて、呆気に取られた?」

耳元でそう囁いてきたのは、国王の第一子女。
ト・ノドロ王宮の貴賓室に招かれる一行の中で、初めてこんな大きく広い王宮と豪華な装飾を目の当たりにしたティナは、まるで天上の散歩でもしているかのような気分だった。

「仕方ないわよ、お姉さま。この子、庶民ですもの」
「歌だけが取り柄のね」
「嗚呼、誰か声だけ摘み取って運んでくれば良かったのに。ティナが惨めで涙が出てくるわ」

扇で口元を隠しながら囁かれるその言葉は、周囲から見れば、姉妹3人の微笑ましい会話と見紛う。
口出しできないリィネはぎゅっと歯を食いしばりながら屈辱に耐え、ティナは、何も言わずに視線を伏せた。

「まぁ、せいぜいこちらの国王の前で恥をかかない事」
「良い噂を聞かないから」
「首が刎ねるわよ」
「舌を引き抜かれるかも」
「ひょっとして、歌の後は、死の舞踏会になっているかもしれないわね」

クスクス笑って先を歩く王女達の背中を見つめて、ティナは呆然とした。

(死、死の舞踏……っ)

洒落にならない。

ティナはごくりと唾を飲んで、晩餐舞踏会のその時を待った。









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