< html lang="ja"> < head > < meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=Shift_JIS"> シンデレラストーリー2






(お茶、甘い。おいしい…)

ティナは、晩餐舞踏会の隅でちょこんと立って、リィネと共に茶をすすった。

こういう、立食は嫌いじゃない。
畏まってテーブルについても、マナーとか、そういうものは、完璧に出来ないし。
食前酒もいっぱい飲めないし、何よりみんなの視線がとても痛いから。


歌の出番まであと少し。ティナは辺りを見回した。
一番奥の席では、レィセリオスの国王が持て成されてて、ティナと眼が合った国王は優しくにっこり微笑んだ。

けれど、その隣の席には誰もいなかった。
いるはずの、ト・ノドロの国王がそこにいない。

「ねぇ、ト・ノドロ国王はご欠席かしら」
「もう少しでいらっしゃる筈ですわ。ティナ様の歌のご披露に合わせて、お席につくのでは?」
「そっか……ああ、緊張してきた」

ティナは、リィネに一言言って、暫し廊下に出た。
ひんやりとした廊下の空気を吸って、真っ白のレースで織られた扇子を扇ぐ。
国王からもらった扇子は、華麗だけれどもティナの幼さと可愛らしさに良く似合っていて、上品に彼女の口元をそっと隠す。

ふと、廊下に差し込む眩しさに目を惹かれた。
見上げて、窓から見えたものは、三日月。周りには、隠れるような雲ひとつ無い。
(細くて折れそう。)
私、あの先を折って、ちょっと口に含んだら、そしたら甘く溶けるかしら。
繊細な砂糖菓子みたいに、唇に絡みながら、つぅっと咽喉を滑り落ちるあの甘味。
叶うなら、ああ、あの砂糖で出来た三日月に乗って、いつまでも甘い夜を過ごしていたい――

考えながら、ぷらぷら歩く。
歩いていると、思いがけず、彼女の足は、慣れぬドレスの裾を踏んだ。

「――っあ!」

躓いて倒れかける。

カシャン、
音を立てて落ちる扇子。

そして、床に転がる――のではなく、しっかりと、抱きとめられた体。

「あ?あ……っと」

ぱちくりしたあと、ティナはハッと自体を把握して顔を上げた。

月明かりに浮かんだ、その男。
上質の、黒い衣装を身に纏って、同じく漆黒の瞳でティナを見下ろした。
その表情は冷たくて、視線は剣先の様で、撫で付けられた髪は無言の威圧感。

「も、申し訳ございません!」

恥ずかしさと、それを上回る彼への恐怖心で、慌ててティナは体を離した。 彼の腕から離れたティナは、深々と頭を下げる。

「私、ぼうっとしていて……、あの、私の様な者が、王宮の中をふらふらと、」
「ティナ」
「……え?」

思いがけない言葉に、ティナは顔を上げた。

「ティナ・クリスティーン。お前の名だ。違うか」
「は、はい」
「――歌女か、成程」

言って、男は、窓の外を見た。

「何を見ていた」
「え?あっ……あの三日月が、美味しそうだなって」
「……」
「――ぎゃっ!ご、ごめんなさい馬鹿なことを――って、ああ!?」

気づいて、叫んだ。

「私、歌のお披露目……っ!!これで失礼いたします、本当にごめんなさい!」

バタバタと会場に戻っていったティナを見送って、男は、ふっと笑った。

「――三日月か」


拾い上げるは、白い扇子。


「思う存分見ておくと良い……二度とお眼にかかれない代物だ」








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固まった。

ティナに容赦なく刺さる視線は、あまりにも多過ぎた。
彼女の衣装は、平生のものより豪華過ぎて重過ぎた。


(こ、こんな大舞台だなんて……っ)

壇上に立った彼女は、震える両手を胸元で握り締める。
落ち着け。落ち着いて、鼓動。


お前の歌声は、天上の神から授かりし物。何も、恥じることは無い。
そう言ってくれた国王陛下は、奥で微笑み私の事を見守ってくれている。
祈るようにリィネだって、両手を握り締めながら、じっと私の事を信じてくれてる。

――歌える。


頭の中から、全てを抜いた。
その瞬間から、残るのは、声。
ティナは、すぅ、と息を吸うと、淡い桜の唇から、謡った。

白い、綺羅やかなる羽が、舞う様。
粉雪のような硝子細工が、彼女の咽喉から舞い散る様。

彼女の、その、儚く、細く、けれども、けして掻き消される事の無い、途切れることの無い、銀の琴線の歌声は、王宮の色を変えた。

誰もが、嘲ることもなく。
ティナに嫉妬する王女らすらも、感嘆のため息を漏らす。

静寂に、神の名残を残したまま、ティナは、歌声を響かせた。



――素晴らしい!

誰かの感嘆を切欠に拍手と歓声とが嵐のように巻き起こった。

(……っ)

美声を出し切ったティナは、暫し呆然としていて、それでようやくはっと、己の任が終えた事を知った。
そのままその場に崩れそうになるのを堪えつつ、深々と一礼をして、喝采の中に静かに降りていく。
その拍手が薄れていくのに重なるよう、軽やかな舞踏曲が会場に流れ始めた。
歌の終わりが、舞踏の始まり。
歌姫の余韻に浸りながら、貴族たちは手を取り合って、ゆっくりと足を遊ばせだす。

(リィネ、私、謡えた――!)
ティナが彼女に微笑みかけて、駆け寄ろうとすると同時。

――国王だ。

人々により呟かれた言葉に、ティナは振り返った。
ゆるりと舞う人々の波がさぁっと王の道を作り、深く頭を下げる彼らを一瞥もせず、ゆっくりと歩き進む人物。ト・ノドロ国王。

は、っとティナは驚きに息を呑んだ。

(あの人、)

呆然とティナが立ちすくむ姿を、彼は捕らえた。
剣先のような視線を、受け止めて、ティナは背筋にぴりっとした緊張を走らせる。


「これはこれは。ト・ノドロ国王!」

レィセリオスの国王が微笑みながら近づき、握手を交わす。

「大変勿体無い。あと一時早く、いらっしゃったならば、我が国自慢の歌女の声を堪能できましたところを」
「向こうで拝聴させて頂いた」

二階廊をさして、彼はふっと笑みを浮かべる。「最高の歌声だった……無理矢理にでも摘み取ってしまいたい程」

「はっはっ、最高の賛辞ですなソルディス殿!」

暢気に笑う国王と打って変わってティナの心臓はバクバク叫ぶ。
(摘み取るって……!摘み取るって!?)
リィネの手をぎゅっと握ったまま、ティナは人の中に雲隠れしようと後ずさりする。

「大変有難い事に、今宵は我が国の王女たちもお招き頂いた。どうだろう、ぜひ、王もご一曲我が娘らと踊られては」
「それは光栄。――だが、」

ソルディスは、人々の前に、何かを差し出す。

「この扇子の持ち主に、覚えは?」

後ずさりしかけてたティナはまた固まった。
人ごみと遠くでよく見えないけれど、あの白い、扇子。
王から頂いた、大事な大事な扇子!
あれ、どこで――そうだ、廊下、さっき、ぶつかって、

「これは、ああ、――これは。間違いない。我が国自慢の歌姫、ティナのものですな。私があの娘に与えたもの」
「成る程。ならばこれも何かの縁……彼女に、一曲頼むとしよう」

何で―!!??

完全に硬直したティナは、明らかにこちらへ歩み寄ってくるソルディスから逃げられずに足を地に貼り付けた(心だけは全速力で逃亡中だ!)

「……あ、……あ、の」
「ティナ」

扇子を、彼女の絹の腰紐にさして、

「こちらで、一曲」
「あ、でも、私……こうした踊りは初めてで」
「関係ない」

ばっさり。
気を失いかけたティナの細い腕を引きながら、ソルディスは彼女を舞踏の中へ誘っていく。

王の足取りにあわせ、舞踏曲は、緩やかにまた始まった。
人々が、美しく、優雅に、翻りドレスを泳がせる中、ティナはソルディスを見上げるだけで、体をどうにも動かせない。(嗚呼、こんなことになるなら、王に頼み込んでダンスの一つでも仕込んで貰えば良かった……!)

「音を聴いて、俺の腕に任せれば良い。力を抜け」
「あ、は、はい……っ」
「――まだ、硬い」

こちこちのティナを、それでもソルディスは上手に導く。
腕を取り、腰を支えて――そっと、周囲に気づかれぬ様、彼は耳元で囁いた。

「国王に、大変可愛がられていると聞く」

ティナは、踊りに必死になりながら、「は、はい。国王は、優しい方で、私のような者を王宮に」

「――置きたくもなる」

ふっと笑うと、ソルディスはティナに続けて言った。

「この曲が終わったら、廊下へ出て、右の奥の階段を上れ。その奥の広間へ」
「え?」
「二度は言わない」

ゆっくりと、彼女の手を離し。ソルディスは一礼して、彼女の前から姿を消した。


取り残された歌姫は、ぽつんと、夢から覚めたように佇むだけ。








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「わ、……広い」

ひんやりとした空気は、人気が全くないことをティナに知らす。
明かりは、三日月からの月光のみ。

ソルディスに言われてやってきたその広間は、先ほどの会場よりは小さいけれど、これまた舞踏会が出来るような広さと豪華さ。ティナは、こつり、こつりと、自分の靴音だけが響く広間を進みながら、ふと、大窓から三日月を見た。
ああ、やっぱり、美味しそう――

窓を開け、バルコニーに出る。

木々の匂いと、夜風の匂いがティナを包んで、薄手の晴れ着を波打たせた。
まるで幻想、夢の様な舞踏晩餐会。

目に入るのは、腰にさした白い扇子。これが、私とあの人を繋げたのかしら?
感謝すべきか、それとも、ちゃんと叱るべきか。御主人さまを、あんな緊張させるなんて、って。

「ソルディス……ジェノファリス」

漆黒の瞳。
体を貫くような、視線と、声と、有無を言わせぬあの威厳。
悪い噂ばかりがつくのは分かる気がする。
けれど、踊りを指南するその手は優しくて、耳元で囁かれる言葉は、葡萄酒の様に頭をくらりとさせるみたいで――

「……不思議なひと」
「一体、誰が」

びくっとティナが振り向いたそこに、男は居た。

「ソル……あ、こ、国王様!」

ティナは深々と礼をして、顔をあげない。

「先ほどは、拙い踊りを――あの、本当に、お見苦しい姿を」
「稚拙な物ほど、かえって映える事もある」

(……フォロー?虐め?)
冷や汗をかく彼女を冷たく見下ろし、口端に笑みを浮かべながら、ソルディスは再びティナの手を取った。

「もう一度」
「――え?」
「もう一度踊れ」

くいっと引かれて、ソルディスの胸に倒れこむようにしてステップが始まる。

遠くから微かに聞こえる、舞踏会の演奏曲。
混じる虫たちの音、二人の足音。

ティナは訳も分からぬままに、ソルディスとともに、三日月の灯りを頼りに広間で舞う。

「国王が、こんなところにいたら……皆が」
「放っておけ。お前の国の者たちはしっかり持成している」
「そ、それでも」

続けようとしたティナの体を回しながら、ソルディスは笑う。

「王が、恋しいか?」

ティナは、不安げな眼を向ける。

「そんな、」
「……故郷が愛おしいであろう、孤独の歌姫に提案する」
「え?」
「本日限りでレィセリオスを離れろ。この宮殿で暮らせ」

思わず、ティナの足が止まった。

「あ、の……?」
「レィセリオスに返すには勿体無い」
「た、大変勿体無いお言葉ですが、私はそのお誘いを受けかねますっ。わ、わたしは、レィセリオスの」
「孤児だったんだろう。身よりも無い。あるのは、あの王の温情だけ。王が居なくなった途端、お前はただの荷物になる」
「……わ、かって、ます」
「ならこの国で暮らせ。一生、身の保障はしてやる」

本気の口調だった。
ティナは、ソルディスの瞳に吸い込まれそうになりながら――ちょっと一呼吸おいて、それでも再び、ゆっくり頭を下げる。

「申し訳ございません。私は、レィセリオス国王の歌女。あの王宮から離れることは致しません」

――い、ちゃ、った。

殺されるかもしれない、と思いながら。
ティナはきゅっと眼を瞑ってどきどきする胸を押えたまま、沈黙を耐えた。


「……分かった」

諦めの言葉。
ティナは、ほっと顔を上げる。

ソルディスは、ティナの手をそっと取り「時間が惜しい。最後に、もう一曲」

彼女を促し、別れの踊りに誘う。
ティナは、やっと緊張が取れた体で、柔らかに微笑みながら彼の腕に導かれ、リズムを踏む。

「踊りって……楽しい」

思わず、小さく漏らす。
今まで、歌声だけで生きてきた。舞女としての手解きを受けたことは無く、生まれもったあの声だけで。それを人々は褒め称え、この人は、欲しいと言う。そして、腕の中で踊らされる。
思った途端、ティナは、今までに感じたことの無い微かな鼓動を感じて、戸惑った。

――この人とは、今日、この時だけ。

ちくりとした胸の痛み。
それを意識した瞬間、腰をしっかりと彼に抱きとめられ、二人の視線が絡み合う。
ティナは気恥ずかしくて俯いた。

あ……もう、曲、終わっちゃう。

それに耳を澄ますティナの上から聞こえたのは、ソルディスの微かな笑い声だった。

「――言葉を、間違った」
「えっ?」
「提案じゃあ無かったな」

ため息をつきながら、ソルディスは。そのまま屈んで、首を傾げきょとんとしたティナの耳元に、


「“命令”だった」


何を、


ティナが問う間もなく、突然彼女の腰が引かれ、唇を塞がれた。

「!!…――っ、……ん!、…ぅっ」

緩められない腕に、それでも、ぎゅうっと服を引っ張って抗議するけど、彼は馴れた動きで彼女の口内深くを蹂躙して、いつの間にか彼女の体の力を抜いていく。不意をつかれたティナの口内に、微かに広がる、甘苦い味。くらりとする、官能の味。それは彼女の咽喉を、胸を刺激しながら体内へ流れ込む。

一体、何で、
無理矢理飲み込まされた何かに怯え、そう言って離れようとした瞬間、彼女の思考には霧がかかり、ふっと膝の力が抜けた。
ぐらりと足を崩し倒れこむティナを、ソルディスは当然の様に抱きとめる。
くったりと、細い体は易々と彼の両腕に抱えあげられた。

我侭な事を言うからだ、ティナ。

深い眠りに落とされた彼女は、無垢な子供のように穏やかに瞳を閉じる。
満足そうにそれを見つめると、ソルディスは、静かに広間を後にする。




全てを知るのは、彼女が恋する空に浮かんだ三日月だけ。













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