「何だそれは」

決して、馬鹿にする訳でもなく――
かと言って、理解してくれる訳でもない、平生と変わらぬ感情の篭もらない視線を下ろしながら男は尋ねた。

漆黒の双眸。それと同色の、後ろに撫でつけられた髪。
威厳のある、黒と紺から成る正装。男は、たった今城外での仕事を終えて帰城したばかりであった。

首元のスカーフを緩めながら、彼は本気で理解が出来ないといったように目を細めて――彼女を見た。

帰城したばかりの彼に駆け寄り、ちょっと遠慮がちに1歩距離を置きながらも、精一杯見上げて目を輝かせている……いや、輝かせていた少女。彼女の怯えを無視する様に、言葉は続く。

「何だ、と聞いたんだティナ」

男は少女に言った。

「あの……だから……ソルディス」

少女は、彼の名を呟きながら戸惑って、目の輝きを失わせたばかりでなく両手をモジモジとさせながら、「私、今まで人間だったから、風習とか違うのかも」などと言う訳の分からない事をごもごもと呟き出した。

ティナと婚姻関係を結ぶ、彼――ソルディス・ジェノファリスは益々分からなくなり、しまいに少し顔を顰め、溜息までついてしまった。それに反応して、ティナは更に身体を強張らせてしまう。

威圧感。
取り去ろうにも、ティナにとって彼の印象から拭い去れないもの。

「あの、怒らないで」
「怒るも何も、お前が言っている意味が判らない」

頭は大丈夫か、等と余計な心配までするソルディスのちょっと小馬鹿にするような視線に、ティナは、ちょっとだけ拗ねた思いを抱いたが表情に出すことは止めた。
彼は、例え正妻が拗ねた所で取り合うような男ではないから。
表立っては貴族、領主としての威厳を持ちそれ相応に振舞ってはいるが、実の所、気紛れで感情の起伏が表情に出ず、先の読めない男であるから。


それでもティナは、そんな彼の見えぬ攻撃(八割方思いこみである)にも負けず、しっかりとソルディスの瞳を見つめて一言、やっと呟いた。






「……お土産、って……無いの?」










切 な る 願 い








馬鹿を言うな、何だそれは。

そんな言葉を一度吐いてしまえば、立て続けに罵倒が毀れ喧嘩するのは目に見えている。
城に帰ってきてまで、敢えて疲れるような事はするまい――


ソルディスは食堂にて、そう思いながら茶を啜ると、落ち着いた様に一息ついた。
まだ、外は明るい。
とは言ってももうすぐ徐々に日が落ち薄暗くなる時間帯でもあるので、執事のロドメは燭台の蝋燭に静かに火を灯し始める。 一本一本、丁寧に火をつけながら、執事の彼は、力なく項垂れながらも好物の甘い紅茶をすする少女に目を落とした。

姫様、菓子もお召し上がり下さい――そう言いながら菓子皿に乗せられたベリーソースのクッキーを差出すと、少女は顔を上げて笑顔で礼を言う。

執事は笑顔を返し、全ての蝋に火をつけ終わると深深と礼をし、静かにその場を立ち去った。

ただ広い食堂に取り残されたのは、物言わぬ家具達と、無口な領主、そしてその妻だけである。


ティナは押し黙ったまま、怯えた視線だけをソルディスへ向けた。

「――何だ」

そんな言葉で返されてしまえば。
言いたい事も言えずに、何でもない、とまた視線を逸らしてしまう。
そしてまた、静かに紅茶を啜るティナは、また何も言えなくなって押し黙ってしまうのだった。

――別に、彼に迷惑をかけるつもりだった訳ではないのだ。
ましてや、気苦労を負わせる気も、全く無かった事は明白であった。

結婚して、共に暮らして始めての夫の出張。
一時の気楽さを感じながらも、ほんの少しの寂しさを抱きながら、窓の外を眺めて待った夫の姿。

そして、同時に、頭の片隅で期待していた物――それはティナの祖国レィセリオスでは一般的な風習であり、恐らく人間社会の常識でもあろう習慣――を求めて、彼女は玄関で彼に駆け寄っていったのだった。それは即ち、

「……お土産」
「だから無いと言っている」

二度目の釘刺し。
ティナはまた項垂れながら、菓子を更に1つ摘んだ。

(出張って言ったら、お土産じゃないの?)

そう言いたげな彼女の思考に気がついたかの様に、夫は、

「土産なんて、出張の度に買っていたらやってられない」

冷たく言い放つ。

「俺がどのくらいの頻度で城外に仕事に出るか分かるか」
「……知らない」
「週に一度、――多い時は三度の時もある」

わ。確かに多い。
明かにそういう表情でティナは固まった。

「ご……ごめんなさい」
「謝るくらいなら、最初から期待して待つな」
「でもね、レィセリオスに居た時は、いつもいつも絶対買っていたの」
「お前が?」
「私が外交の時も城の人達に買ってきてあげるし、逆に皆が城下に出掛けた時は私に買ってきてくれる。それが普通だったから……何て言うか……」
「習慣か?無駄な慣れだな」

しれっと言い放つ彼に、ティナは顔を顰める。

「ちょっと。それって、酷いと思う」
「何が」
「あのね、お土産ってね。自分の得になるか成らないかで買ってくる物じゃないの。お土産買ってきてあげたら、待ってる人が嬉しい顔してくれるだろうなぁ、とかね。喜んでくれるだろうな、って思って買ってくる物なの」
「――それで?」
「それで?じゃなくてー!」

ティナは感情高ぶって目に熱が篭もるのを感じた。

「ほ、本当は、お土産が無かったら無かったで良いの!そうじゃなくて、わ、私が、言いたいのは――」

言いたいのは、
その続きを言おうとして、ティナは、気を高ぶらせる自分に対し至って冷静なソルディスの瞳を見、急に閉口した。1人で大声を上げた自分の失態に気付き咄嗟に顔を紅くすると、ティナは小声で「ごめんなさい」と言いながら席を立って小走りに去っていく。

「……」

ソルディスは、何も言わずにその姿を見送った。
横目で冷静に見てみるものの、ティナはやはり振り返りもせず気恥ずかしそうに食堂を後にする。
彼は、溜息をついた。

――言いたいのは、何なんだ。

言いたい事があるなら全て言ってから出て行けと言いたいが、今そんなことを呟いてもただの独り言にしかならない。何なんだ。土産物が無かったら無かったで、一体何が欲しいんだ。何が楽しくて、唯でさえ疲れる出張を更に疲れるものにさせなければならないんだ――

それらの文句は言う相手もないまま、やはり咽喉の奥に仕舞われた。
無表情のまま茶を啜り、……らしくも無く、目の前の菓子に手を伸ばした。
何も考えないままそれを齧る。

「…………不味い」

機嫌が悪くても、味覚だけは正直だった。







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「蝸牛の寄り合いね」

等と呟きながら、白く、柔らかく、伸びの良い頬を抓ってみる。
傷心の姫君をそう弄ぶのは、自身の長い黒髪を耳にかけながら目を細める女性。
ティナが先ほどまで縋って睨んで吼えていた領主様の面影を携える彼女は、しかしながら威圧的な空気は身に纏わず、艶やかな笑みを浮かべて少女を見守る。

ニル・ジェノファリス。ジェノファリス城に住まう麗しの麗嬢。

義妹であるティナに対し、決して不満を無理に引き出そうともせず、かと言って存在を無碍にする事も無く――ティナにとって新居での相談相手と化している彼女は、今日もまた自室に姫君を招き、女同士の会話に花を咲かせているのであった。

「もっと仲良くすれば良いのに」
「怖くて仲良くだなんて、そんな」
「あれはアレよ。単なる雰囲気よ。見掛け倒し」
「う……見掛け…?」

ティナはテーブルに突っ伏した。
そう思うのは、ニルがソルディスの身内だからじゃなかろうか。
恐らくその考えは正解と言えよう。

「で、」

ニルは再びティナの頬を突付いた。

「ティナ姫は、何でそんなに顔を紅くしているのかしら?」
「私だけ興奮して、ソルディスは冷静で、恥ずかしかったから」
「あら、だから廊下走って逃げてたのね。喧嘩するなら面と向かって喧嘩しなきゃ。逆に、甘える時は面と向かって甘える。夫婦っていうのは――……いえ、恋人っていうのはそう言うものよ」
「恋人じゃないわ」
「そうね。でも、夫婦と恋人を同時進行していくのもなかなか趣があるものよ」

異性との恋、異性との愛云々の経験が皆無に乏しかったティナにとって、これは難問だ。
まだ初等教育の子供に、高等教育学生の宿題を与えるようなものである。

「……別に、お土産が欲しかった訳じゃなかったのに」

何で自分は、あんなに怒鳴ってしまったのか。
ティナは頭を抱えた。

「じゃあどうして欲しかったの」
「いや、つい、いつもの癖というか……カステルがお出かけから帰って来た時みたいに、勢い良く抱きついてお土産貰ってそのまま城下はどうだったとかっていう会話を二人でして……」

つまりは――睦み合いである。

「あら、そんなの好きなだけすれば良いじゃない。悩む事じゃないわ」
「なんか勢いで傍まで駆け寄っても、目が合った途端怯んじゃう」
「じゃあ、目を逸らしていれば良いのよ」
「目を……?」
「そうよ。上目遣いもなかなか捨てがたいけど伏せがちな目って言うのもなかなか良いのよ」
「……」
「男ってのはね、案外鈍感で口に出さなきゃ女の気持ちなんて気付かないものなのよ。手っ取り早いのは、勢いに任せて甘えてみる事ね」
「はぁ……」
「ちゃんとポイントを教えてあげるから、次ソルディスに会ったら実行してみなさい」
「ポイント?」
「そうよ。ほら、耳貸して。ちゃんと伝授してあげる――……」


ニルは目を細めて、楽しそうに囁き出した。






















失態だ。甘ったるさがまだ抜けない。

ソルディスは、先ほど勢いで口にした菓子の甘さに今だ悩まされていた。口直しに茶を飲んでみたが、彼の口内から糖分の恐怖は大分抜けそうにない。
仕方が無いので、機嫌斜めの領主様は、自室に戻ると珍しく煙管をふかす事にした。

窓際の壁に体を寄り掛け、半開きにした窓から夕暮れの城下を見下ろす。
外では、下男がグロチウスを放庭して遊ばせていた。
城下ではぽつぽつと夜店の灯りがつきはじめ、夜を支配する闇を迎え入れている様である。

ソルディスは目を細めて、唇から紫煙をゆっくり吐き出した。

「……」

気分は晴れない。
――たった小娘1人の小言に苛々してどうする、
そうは思うが心の中の不快感は紫煙の如く不明瞭でもやもやとするだけだった。
舌打ちをする。
首元から取り去ったスカーフを乱暴にベッドに放ると、それはふわりと宙を舞って音も無くシーツの上に身を横たえた。
あのスカーフの様に、どこかのお姫様も静かにしていれば良いのだが――
いや、あんなに黙りこまれても気味が悪いだけか。

ソルディスがそんな事を思っていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「誰だ」
「あ、あの、私」
「――入れ」

低い声に促され、ひょっこりと明るいブロンドの頭が覗いた。
ソルディスは敢えてそちらに視線を送らぬかのように、外に顔を向けたままである。

目を細めて、穏やかな風を部屋に招き入れる窓の傍に佇みながら、そしてそのまま目を瞑った。

耳に入るのは、褪せた絨毯を踏む音。
彼女の自室に向かうと思われたそれは――彼の予想に反して、ソルディスの方へ近づいてくる。

ト、ト、……と、控えめに聞こえていたそれは、ソルディスの傍に来て急に速まる。


その変化に気付き、彼が目を開けるのと同時だっただろうか。

軽い衝撃、それと共に、腰元に感じる束縛感。
見下ろせば、煙管をふかす領主の腰元には、縋りつくように抱きついてくる姫君の姿があった。
これには流石のソルディスも一瞬言葉が詰まった。
何しろ、彼女がこれまでソルディスに抱きついたり、大っぴらに甘えたりなどという行動をした事が無かったからである。


「……おい」

一応、呟いてみたのはそれだった。
言った瞬間に、服を握る彼女の手が――少しだけ、ほんの少しだけ、ぴくりと動く。

「……」
「……」

何がしたいのか。ティナは一向に喋ろうともせず、かと言って腰から離れ様ともしない。
ソルディスはティナの腕を静かに掴んだ。

「ティナ」
「……」
「ティナ、用が無いなら離れろ」
「……ぃ」
「何?」
「ごめんなさい」

ソルディスはティナの腕から手を外し、訝しげに見下ろし続けた。

「……あのね、」

掠れたような小さい呟き。言いながら、ティナは、手に汗を握る。
緊張しながらも、先程まで何度も何度もニルに教えこまれた言葉を、頭の中で反芻する。

――抱きついたら、ちょっとだけ顔をあげてみなさい。あぁ、でも、悩ましげに俯き加減にしておくのよ。

言葉の通り、ティナは静かに胸元に埋めていた顔を上げる。視線は合わせようとせず、どこか伏目がちである。

「喧嘩したかったわけじゃないの」

きゅっと、淡い桃色の唇を引き結ぶ。

「ただ――ソルディスが、城下に出かけちゃって、……寂しくて」

服を握り締める手には、小さな力が篭る。

「それでね、帰って来たから、嬉しくて――本当は、お土産とかいらなかったの。ただ……ソルディスが帰ってきたら……はしゃいじゃって……」

伏せていた視線を、ソルディスに向ける。
潤む瞳は、見下ろす漆黒を捕えた。

「だから……許して…?」


極めつけの、上目遣い。

そうニルに説明され何が極めつけなのかよく理解できないまま、ティナは自身が教えこまれた手法を全力で行い尽くした。
まさに、彼女は限界だった。気恥ずかしさも――緊張も。
今も、自分が何をして何を口走っているのか、頭では理解しているが気持ちは付いていってない状況である。

先程怒鳴った時よりも頬を紅く染めて、潤んだ目で精一杯見上げてくる彼女を――
黙って見下ろしていたソルディスは、紫煙をゆったり吐きながら「別に怒っていない」と言葉をやった。

それを聞き、ティナはぱぁっと顔を輝かせる。

「本当?」
「ああ」
「本当の本当に怒ってない?」
「ああ」
「ありがとうソルディス!」

ティナは先程より勢い良く、ぎゅっとソルディスに抱きついた。

「ごめんなさい。私、さっきこういう風にソルディスにしたかったの」
「……何故」
「え?何故…って、言われても…その、ソルディスが帰ってきて、…何か、嬉しくて」
「“嬉しい”?」
「うん、そう。嬉しかったの。だから、勢いでお土産頂戴とか何とか……ごめんなさい、私――」

私、子供みたいだった。
そう言おうとしたティナの唇に指を当て、ソルディスは黙る様に言った。
突然の事にきょとんとするティナに対し、

「確かに、何も土産を買ってきてやらなかったな」
「あ、でももう――」

続く彼女の言葉を遮る様に、ソルディスはティナの後頭に手をやって、静かに、しかし深く口付けをした。
ティナは目を見開きソルディスの体から手を離し肩を押してみるが、柔らかな唇の感覚に――慣れない口付けの感触に体の力を奪われ、抵抗もままならない。

そのままでは倒れこんでしまいそうなティナの腰に手を回し、ソルディスは何度も角度を変えて、ティナの反応を楽しむ。

「…――ん…っ…、…ふ…」

涙を溜めながらぎゅっと目を瞑り、震える睫はソルディスの頬を擽った。
彼は、未だ男性に体を触れさせる事に慣れてないティナの唇を遠慮無く陵辱する。

――ティナの体がくったりとしてくると、ソルディスは一旦唇を解放した。

「……っ……はぁ…」

息をあげて、顔を紅くして――
何をするかとソルディスに文句を言う前に、彼は薄く笑って返した。

「土産代わりだ。腹の足しにはならないが」

言われて、ティナは目を丸くし、そしてすぐに眉を顰めた。

「き、煙管の味するし…!……意地悪…っ」
「口が減らないお姫様だな。もう一度か?」

再び啄ばまれる口付けに、ティナはご丁寧に体を強張らせて再び目を瞑ってしまう。

「…っ…ん、……ちょっ……――待っ、…て…」

ぽんぽんとソルディスの肩を叩いて、啄ばまれながらの唇の合間から非難の声をあげる。
そうやってからかった後、ようやくソルディスは屈めていた身を起こした。

ティナの体を支えてやりながらソルディスは、先程まで吸っていた煙管を窓枠に叩きつけ灰を捨てた。
灰色の粉と化した刻み煙草は、風に誘われて空に舞って行く。

ティナはそれを見て、呟いた。

「……やっぱり怒ってたんだ」
「何が」
「煙管、吸ってる」

ティナは、ソルディスの手から煙管を取り上げた。

「お願いがあるんだけど」
「……何だ」
「あまり、煙管、吸っちゃ駄目」

体に悪いから。そう言いながら、目をしっかり見つめる。

「それから、城下から帰ってきたら……その、…何でもない事で良いから、お喋りして。あった事、ちょっとで良いから話したりして」
「……」
「ダメ?」

ソルディスは、首を傾げながら遠慮がちに呟いてくる彼女の顔を暫く黙って見下ろす。
視線を逸らしティナの手に持たれた煙管を一瞥して、溜息を一つ。

ティナの視線を逃れる様に窓の向こうを見つめると「――考慮する」とだけ言った。
それを聞いて、ティナは、嬉しそうに顔を綻ばせるとソルディスにまた抱きついた。

ああ、分かったから、そんなに抱きつくな。今日は夜まで仕事があるんだ――

そんな言葉を言われても当分離れそうにない程舞いあがったティナに、ソルディスは言いようのない不思議な感情を覚える。女からの強請りに、怒りを覚える訳で無く、それどころか承諾の意まで漏らしてしまった自分は馬鹿かと思う。こんな小娘の何がそうさせるのか。ソルディス自身には全く分からない。考えを放棄しているだけかもしれないが、そんなのどうでも良いとやがてソルディスは思うようになった。

取り敢えず、正妻だからと、これから先何か或る度に強請られてはたまらない。
そんなことがある度にいちいち承諾していてもやってられない。

そんな事を考えながらソルディスは空になった煙管を見やって溜息を付いた。







******************************************************





城内は静かだった。

ソルディスは、平生と変わらず外套をロドメに預ける。
城下での、一手間かかる仕事が終ったばかりであった。やれ森縁部に異界の亀裂が現れたやら(大半が勘違いの空騒ぎだ)、やれウチの周辺に魔獣の群れが出るからどうにかして欲しいやら――

日々捌いていっても仕事は舞いこむばかりである。

偶々通りかかったニルに、城下の様子を告げながら廊下を歩いていると――向こうから、遠目にも分かる明るいブロンドを揺らしながら走ってくる少女が1人。

「おかえりなさい!」

笑顔でそう言いながら、抱きつく事はしないもののティナはソルディスの傍まで駆け寄る。

「今日はどこに行って来たの?」
「西側の森だ。性質の悪い獣が都市に下りてきて――……、後で話すから、先に食堂に行ってろ」
「はぁい」

返事をして立ち去ろうとするティナに、ソルディスは再度呼びかけ、

「――忘れていた。これも持って行け」

と、薄緑の紙に包装された箱を手渡した。
何を受け取ったのか訳が分からず、一瞬きょとんとするティナであったが、視線を逸らすソルディスを見やり、あぁ、この間強請ったお土産だとすぐに気付いた。

「ありがとう!ロドメさん、ごめんなさい、お茶入れて貰っても良い?」

わやわやとはしゃぎ笑顔で食堂へ向かうティナを見送りながら、スカーフを緩めるソルディスの横で、ニルは意地悪げに耳打ちをした。

「嫁思いねぇ、領主様」
「……煩い」
「何よ。何買ってきてあげたの?菓子折りのように見えたけど」
「甘ったるい菓子なんて、何でも同じだ」

面倒臭そうに言いながら、ソルディスは、ニルに紙切れを差出した。
立ち去るソルディスを見送りながら、どこぞの店の明細書のような小さな紙切れにニルは目を通す。

「ト・ノドロ名物温泉饅頭 -期間限定・森苺味-……」

温泉にも行ってないのに、何故温泉。
どこか適当な土産物屋で買ってきたなと睨みながらも、それは彼にとって最大限の努力と妥協の証拠となる。
珍しく得にもならない贈り物を買ってきて、意味の無い土産話をティナにしてやる――
そんな今までに無い弟の姿をを見て、ニルは嬉しそうに廊下で笑った。












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