“I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes. ”

   僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだ。


                    (DJ.サリンジャー:THE CHATCHER IN THE RYE より)

























2024年2月3日。
早朝通勤者が足を早める街頭で、お天気お姉さんが当日の天気を伝えている最中にある事件が起こった。


「そいつはズルイな…っ」

「きゃあ!」



力む青年の声と女性の悲鳴が、テレビカメラに映るお天気お姉さんの後方から聞こえた。
道を開ける人込み、カメラへ歩み寄ってくるのは二人の男性。

コバルトブルーのパーカーに身を包み帽子を深く被った男性と、
スーツを身に纏い表情を曇らせる男性。

「だったら今、あのカメラの前で真実を語ってください!」
「君には、撃てんよ」
「っ…どうかな」
「くっ、」

青年はスーツの男性の足を蹴り、路上に膝間づかせ背中に銃を付きつける。
顔をズームで映すテレビカメラの存在に気がついた青年は、咄嗟にバーコードを介して
マークを自分の顔に重ねて映させた。




「さっきの約束が本当なら、ココで」
「今は無理だ…いっそ、君が喋ったらどうかね」

銃を付きつけられているのにもかかわらず、スーツの男性は臆する様子がない。

「それじゃあ意味が無いんですっ。セラノさん、貴方の口から真実を語らないと」
「それは出来ん」
「何故ですか!」




その後駆け付けた警察の手を逃れるように、青年は走り去って行った。
スーツ姿の男性を残して――――――――








後に世で語られる、「笑い男事件」の始まりであった。