< 第1話 街を跳ぶ蛹・前編 >
追いかけろ。 彼らは有害物質、この地に侵入する悪質なバグ。 ハルナ・アカツキは一心不乱に男の影を追いかけた。 深夜。ビルの狭間、湿った裏路地。 彼女は、泥が跳ねる路地の上を足を取られること無く走り続ける。 息が切れ、咽喉も痛むが、それでも彼女は追いかけた。 それは正しく、義務である。 紛れ込んだ小さな虫達を排除する、奉仕の如き日々の義務。 (――居た!) 前方を走る男の姿。 ようやくその人物を視界に捕らえると、彼女は笑顔を浮かべ速度を速める。 いた、いた、いた、やっと見つけた――! 獲物を見つけた獣の如く唇を舐め、彼女は足に力を込めて一気に高く跳びあがる! 明らかに、そう、誰の目から見ても、彼女は飛んだ。 尋常ではない。彼女は尋常では無い。 ならば異常か?否、そうではない。この街で、異常は即ち正常。 飛蝗さながらの跳躍力で宙を舞い体を翻えすその姿は、嗚呼、蝶と賞賛すべきか。 (そんな例えはカッコ良過ぎる) 降り落されたハルナの脚蹴りは、手応えあり。 (決まった)、彼女は笑みを浮かべる。 声にならぬ痛みに悶えながら、突っ伏す男は、びしゃりと体中が泥に塗れた。 背の痛烈な痛みに息を乱しながら、彼は汚れを嫌がり身を起こそうとする。 雨でも無いのに路地が湿っているのは水道管の腐食のせいだ。どん底に低い環境水準のこの街では日常茶飯事の光景である。 腐食の街。腐った、暗黒の都市。ここは、名も、実体も、まさにその通りであった。 器用に地に降り立つハルナの顔に泥も跳ねるが、この街の住人だからそんな事を気にも留めない。 彼女は身動きが取れない男の横にしゃがみ、彼の腰の銃を抜き取った。 「手間……取らせるんじゃない、わよ」 息を切らしながらハルナはその銃を弄んだあと、その銃を抜き男に突きつける。 「長い鬼ごっこだったわ。訓練された人間ね」 「――…殺、せ」 「言われなくても」 冷たい視線を与えた彼女は、引き金に指をかけた。 「街の人間を殺した奴は死刑――、私の中でそう決めてるの」 言葉の調子は軽いがその心に同情心など欠片も無い。 死期を察した男は、顔だけ持ち上げて目の前の死神を見た。 少女の黄金色の髪と金の瞳は――死神より神に近い。 「…汝等、に…慈悲、を」 男の祈りの言葉は、銃声によって掻き消された。 ******************************************** 実にいい加減な街である。 政府も警察もここにはない。法律なんてものは、遠い過去の遺物だ。 商売をするのに営業許可は不要で、免許を持たない医者や教師がごまんといる。 水は八割がた不衛生な井戸から汲み取り、電気は過去に使われていた配電管から盗むように使用しているのが現状だ。 小さな島の上に聳えるこの街は、過去に工業都市として造られた。 島は深い霧で覆われていた。気味が悪く、昔から地元の漁師も近づこうとはしない島だった。 廃頽とは、栄光の後に必ずや来る。この島とて例外にはならなかった。 今となっては、かつての面影を残さない。 新興都市として湛えていた先進と衛生は払拭されている。 最低の水準・最悪の治安。それがこの都市の代名詞である。 今世紀最大といわれる巨大スラム都市。 濃霧に霞むその不気味な都市を、いつしか本土の人間はこう名付けた。 眠らぬ都市――『蜃気楼』と。 最低と称されるその地に、住む者達がいる。 その殆どが逃げ込む様にこの土地に追いやられた者達ばかりだ。 貧困で行き場の無い者。身よりの居ない孤児。政治的・社会的迫害を受けた者達。 つまりはそう、社会の弱者。 弱者は、自警団を造った。 ――“祗庵”という名の、自警団を。 余所者がこの都市に入るには、彼等の目の前を横切らなくてはならない。 許可もなく、無理矢理関所を通った者は“処分”されるのだ。追悼されることも、誰に悲しまれる事も無く。 (負け犬は野犬へ変わり、人々は牙剥く彼らを疎み恐れる。しかしそれは自然の摂理だ) 島の外の世界では、祗庵を冷徹無慈悲な悪党と呼んだ。 あれは悪魔だ。情けも同情も無い、涙すら流さない悪魔だと。 ハルナ・アカツキはその祗庵に属する者――“街頭人”だ。 若干18歳の若さ、女性、小柄な体……まだ、子供と呼べる部類かもしれない。 到って真面目――かどうかは別として、ハルナは一見どこにでもいる普通の少女だ。 欠伸もするし、眠くもなるし、お腹も空くし、怪我もする。 毎朝寝癖直しに奮闘だってするし、勿論好きな人だって居るわけだし、今日のあのテレビ見たいなーでもビデオデッキ無いから録画できないやとか嘆いたりもする。 されど彼女は街を走る。月が照る日も、雨が降る日も。 当然人を殺める事もあるのだ。それが、仕事というものだ。 そして血の気が盛んな彼女は、後先考えずに、仕事を遂行してしまう事が度々あった。 一言で言うと、考え無し。持って帰れない量を買い込んで手から落としてビニール袋破く主婦みたいなもんである。まぁ、つまりは、今回の様に―― 「……重いっつの!」 ハルナは、自分の体より一回り大きい死体を引き摺っていた。 死体は異常に重くなる――そんな事は、嫌というほど思い知った事実である。 男の両脇に手をかけて、後向きでずるずる湿った道を歩き続ける。 ああ、嘆くべきかな我が愚行。 ほんの子供ならば抱えたまま屋根伝いに跳んで行ける。だが、大人の男性となるとそうは行かなかった。いくら跳躍力が自慢の彼女でも、これはキツイ。 肩まで伸びた黄金色の髪は、汗で首に張りつき、靴は泥で汚れ水が中まで染みていた。 ぐちゃぐちゃの状態で、彼女は一人文句を呟きながら一歩一歩と歩き続ける。 「ハルナ」 声は上から聞こえた。 聞きなれた声に彼女が上を向くと、月明かりを背にビルの屋上へ佇む影。 ああ、見間違える筈も無い。逆光でも分かる――彼は、ハルナの相棒とも言える存在。 無機質な月の土面を髣髴させる銀の頭髪。透き通る青い瞳。 薄暗いビルの狭間でも、その端正な顔立ちははっきりと、厭味なほど夜闇に浮かぶ。 「シンディア」 ハルナはその名を呼ぶと、金の瞳をふっと細めて死体を道へ無造作に置いた。 肩の力を抜いて、幼馴染の街頭人を手招きする。 「またかお前は……相変らずだな」 「つい、ね。殺っちゃった。運んでくれない?」 ハルナは苦笑いをした。 そんな彼女に呆れながらもシンディアは下の地に降り立った。ハルナと同じ、赤く縁取りされた灰色のコートが風にはためく。 随分探した、そう文句を言いたげなシンディアは、しかし相方の少女が無事な事に安堵した。 「何でこんなに遠くまで追いかけてたんだ」 「こいつ脚速くって。ただの観光客…じゃなかったみたい」 「――『ガンダ・ローサ』か」 『ガンダ・ローサ』。 彼等にとっては、口にするのも禍禍しいであろう、その名は。 ガンダ・ローサは、本土に存在する組織の名だ。 嗚呼、迷惑も迷惑。 ハルナに言わせれば、ホントに迷惑。びっくりするくらい迷惑している。 ご親切にも、この島の住人を追い出して綺麗な街を取り返そう――などという目標を掲げるその慈善機関は、要らないっつってるのに不味いおかず分けてくれる近所のおばちゃんより大迷惑だ。 都市の住人にとって傍迷惑な存在であり、街頭人とは敵対関係にあるその人間達を、しかし撲滅する術は無い。 「で、ここまで来たって事は、こいつ関所を通ったのか」 「知らないの?関所の街頭人を二人殺して侵入したのよ」 「お前が一人で走ってるのを見かけたから追いかけただけだ。俺は関所には行ってない」 シンディアは力なく横たわる死体を見下ろすと、軽々とそれを持ち上げた。 「死体は火葬所に置いて、今夜はもう戻るぞ。交代の時間だ」 「もうそんな時間?気付かなかったー」 首をコキコキと回して溜息を付くハルナは、ホッとした様に肩の力を抜いた。 そうして彼等は、宿舎へ向かって歩き出す。 死体一つ担いだって、誰かの血を身に浴びたって、それは平生。 彼らにとって、――それは平生。 街頭人は纏まって同じ宿舎に暮らしている。 侵入者の情報が入ったとき即座に行動できるだけでなく、止む終えず団体で出動しなければならない時はすぐさまパーティを組む事が出きるからだ。 宿舎は、街頭人の活動支部(ほとんど、おしゃべりの為に存在する建物だが)に隣接して建てられている。仕事が終り報告書を出した街頭人は、すぐ宿舎に戻って床につけるという訳だ。 今日も今日とて、夜の支部に、ただいまぁと呆けたような声が通り抜けた。 ギィと押戸が開く音と共に聞こえたその声に、司令室で紅茶を飲んでいた女性は顔をあげる。 途端、口に含んでいたお茶をブッと吹き出た。 「何なんだお前達のその血は!」 「あぁこれね。残念、全部他人の血よ」 長いブロンドを纏め上げて、きりっとした綺麗な表情を歪ませた女性はメリッサ。 その顔立に似つかぬ、男にも劣らぬ気迫と行動力を持つ、五番街支部の副隊長。 「侵入者をハルナが3発も撃ったんだ」 おかげで余計に汚れた衣服、そして顔。シンディアは血がついた頬を掌でこすった。忌み嫌う外敵の血が更に顔まで汚すのは、本当は嫌だけれどもしょうがない。しかしながらそこまで多発する必要があるほど追い詰められたのかと問われれば少女は笑って首を振った。 「まさか。一発で死んだわよ。だけどそいつ関所の人間2人も殺したから、そのお返し」 ハルナは血と泥に汚れたコートを脱いだ。 報告書書くわ。ハルナはそう言うと、机上のペンを手にして棚の中から報告用紙を1枚取り出した。 司令室の時計とカレンダーを見る。 えぇと、本日5月25日、午前2時47分。それだけ確認すると、後は慣れた手つきでさらさら報告を書き綴る。ほい、と報告書を出す手は、言うまでもなく乾いた血に塗れ茶色ずんでいた。 ついでに横目で見た予定欄に、「新人研修:1名」と書いてあるのを見てハルナはへぇと感心した。 (命知らず、また来るんだ。) 街頭人は不定期採用である。いつ入ろうといつ辞めようと個人の自由であり、取りたてて採用基準も無い。 “いつ死んでも構わない”――その心意気だけが必要とされる、無謀な役職。それは、街頭人として働く彼ら自信も、そして街の住人も、誰もが知っている独特の職業理念だ。 流す様にざっと読んだメリッサは、備考欄に目を止めて片眉をあげた。 「……ガンダ・ローサ?」 「そ。私が追いかけてもなかなか捕まらなかったわ」 「結局は追いついたのか」 「まぁねー、私を誰だと思ってんのよ!」 メリッサの言葉に、腰に手をあて笑うハルナ。 そんな上機嫌な彼女の後ろに立っていたシンディアがボソリと言うのは、 「ハルナ、脚」 「ん?」 シンディアの小声に、ハルナは自身の脚を見下ろした。 あぁ、とハルナは思い出した様に振り返る。 今打つから大丈夫。 そう言って、ハルナは勝手知ったる司令室のパイプ椅子に腰を掛けた。 薄っすらと脹脛には血管が浮いている。 ミミズ腫れのようにも見える生々しいそれは、しかし脚部に血が通い生きているという何よりの証拠である。その彼女の脚部、実の所、筋肉がやや硬直し、ハルナ本人には痙攣しているのがよく分かっている程だった。 病気?疾患?いいや、違う。 これは、代償だ。 彼女が依存する、人間の科学の叡智がくれるモノへの代償。ハルナは一本の注射器を取り出した。 密封ビニールには――“ランドルフィンB”の見慣れた文字。 シンディアが見守る中、注射器の空気を除去し、自身の脹脛に針を添える。 薄黄色の液体は、ハルナの脚にゆっくりと注入された。 「これで良し。アンタは?」 「俺は昨日打ったからまだ良い筈だ」 シンディアは腕をさすった。 ハルナとシンディアは、見かけ上どこにでもいる若者だ。見かけ上は、で、あるが。 シンディアの優れた跳躍力と腕力。そして、ハルナの尋常でない跳躍力と持久力。 彼等は単なる訓練や修行にのみに依存している訳ではなかった。 すなわち、薬物。 各国で禁止されて始めている薬物「ランドルフィン」は、適度に使えば筋力の増強に役立つが、量によっては神経系統に異常をもたらす事が判明し、危険薬物指定された液体である。禁止と言っても、それは外の世界の話で、この都市ではそんなもの関係無い。ランドルフィンは日常的に街に広まっていた。 ハルナとシンディアも、医師の指導の下で使用している(医者と言っても、世間で言うところの無免許医であるが)。 すぐさま筋組織に吸収され、腫れが引く血管。ついシンディアはハルナの足に目をやる。 言われなければ誰もランドルフィンを使っているなどと気が付かないだろう。 ハルナの足は細い。お世辞や色目じゃなくて、普通に細い。 禁忌と称される悪薬のゆえんは、そんな、不可視の浸食からだろうか。 「何よ」 「ん、あぁ、いや、何でも」 「メリッサ先生、シンディア君がじろじろ見てきます。いやーセクハラ?アレか、君もとうとう思春期か」 「春めいているのはお前の頭だ」 顔を顰めて毒づくシンディア。 もちろんそんな気が無い事をハルナは百も承知しているが、この幼馴染のシンディア坊ちゃんは、からかいがいがあると言う事を充分認識しているのだ。 「さーて、仕事も終ったし後はシャワーでも浴びて寝ましょ」 「ご苦労だったな」 背伸びをして椅子から立ちあがったハルナに、メリッサは声をかけた。 「ああ、今夜は街が騒がしいから耳栓でもして寝た方が良いぞ」 「何で?」 「二人が出ている間に入った報告だが――。どうやら、今夜の侵入者は一人ではなかったらしいな。もう一人、五番街への侵入が確認されて、住人を人質にとったまま中心部に向かって逃走中らしい」 「―――な」 「何で早く言わないのよ!」 つか副隊長ならもっと焦れよ。 シンディアの言葉に被せる様に叫んだハルナは、コートを羽織りなおし、司令室を足早に立ち去っていく。 「ハルナ」 「止めても無駄!行って来ます」 「あぁ、全くあの暴走娘が――!仕方ない、シンディアも一緒に行け」 「何で俺が」 「睡眠不足の暴走街頭人を止められるのはお前だけだ」 メリッサの言葉に成る程、と肩を竦めたシンディアはハルナの後について部屋をすぐに出て行く。 (何で、あんなに元気なものか) 若さか?若さゆえか。そんな、十も離れていない青年達に、しかし自分はどうにもテンションがついていかない。 メリッサは溜息をつき、また司令室の席に座した。 最近貫禄が出てきた椅子座りに、やはり地道な老いを感じずには居られない。 「ダメ、絶対バラバラに探した方が効率良いっての!」 「それこそ駄目だ。お前を一人にした所で、また暴走して勝手に怪我して」 「二人で探してたらキリないってば。大丈夫、何かあったら発煙筒使うから」 「その頃にはお前が死んでる!」 シンディアはハルナの手首をがっちりと掴んだまま、彼女の言い分を聞こうとしなかった。 時間も時間、場所も場所。 こんな繁華街のど真ん中で揉め合う男女など、傍から見ればカップルの痴話喧嘩以外、何物にも見えはしない。 「良いか。相手は人質を連れているんだ。二人でかからないと、絶対痛い目を見るぞ」 「あぁー、そうね。人質ね。うん、大丈夫。辛うじて生かしとけば良いんでしょ」 「馬鹿かお前、そんな」 「あ!あんな所にレイチェルが!」 「……っ」 瞬間、シンディアの力が緩んだ。 その隙を逃さず、ハルナはシンディアの手を振り解き脱兎のごとく走り出す。 「…あ?…っ…――おい、ハルナ!」 「ごめんねシンディア、また後で!後でチョコバー奢るから!」 軽い調子で謝罪をしながら、ハルナはそのまま人ごみの中を駆けて行った。 赤い縁取りの灰色コート。この街の人間ならば、それはすなわち街頭人の印であると誰もが認識している。道行く人は、ハルナの――街頭人の為に、次々と避けて道を開けてやる。 そんな彼女の後姿を見やりながら、シンディアは深い溜息をついて額を抑えた。 「……あの馬鹿が!」 何が、あんな所にレイチェルが、だ。 あんな見え見えの嘘――……、いや、騙された自分も自分、馬鹿に違いないのだけれども。 レイチェル・フィーネ。 ああ、そう、レイチェル・フィーネか。(簡単な悪戯に、見事に引っかかったものだ、自分も。) その名を聞くだけでフラッシュバックするあの癖のある髪、香水の香り、柔らかい笑顔。 だが、しかし、彼にとってその思考、即ちレイチェルの残像は今現在邪魔だった。邪魔、邪魔。邪魔者。 (これ以上、レイチェルの事は考えまい、)と、シンディアは取り敢えずハルナの後を追って走り始める。考えないようにすればするだけ考えるものだという単純な作用に気が付いていないのが、彼のツメが甘い所だ。 孤島に造られた街“蜃気楼”は、例えるなら、いびつに8等分されたピザのよう。 上から見て、時計回りに一番街、二番街……となり、最後が八番街である。 島の中心には、祗庵本部を抱えた中心都市、摩天楼が聳え立っている。 だから当然、この島を制圧しようと図るものは、自然と、その中心都市へ向かっていくものなのだ。 (ガンダ・ローサとてその例外ではない。) それを阻止せんと汗水垂らして働く街頭人。 まったく、割に合わない仕事だよ、シンディアはつくづく思う。 給料もそれ程高給ではなく、反して死のリスクは計り知れない。 街頭人が死んだからといって特に大事に取り上げられる訳でもなく、それはまるで軍隊の一歩兵の如く、あぁ死んだのかと一時的な哀れみを向けられるのみ。 ――死んで当然―― そう思われているといって、過言ではないだろう。 彼は空を仰いだ。 今夜は月が煩いほど明るい。 ああ、これなら、込み入った裏路地へ逃げられても探しやすいかも知れないな。 そう思って、シンディアは、大通りから一本ずれた裏路地に進路を変えた。 ハルナは、ビルの屋上でも跳びまわっているだろうか。 それとも、人質もろともガンダ・ローサを始末してしまっているだろうか。 ハルナに限ってそれはないか。 口は悪いが、何よりこの街に奉仕人の如く任務を遂行するのが、ハルナ・アカツキという人間である。 彼女に限って、人質よりガンダ・ローサの始末を優先してしまう事は考えられない。 故に、シンディア・レナードは不安に駆られる。 いくら人質優先だとしても、ハルナ自身が負傷してしまっては意味が無い。しかしながら、彼女はそういう人間なのだ。あっけらかんとし、他人に対して冷たいようで、どこか他人を放っておかない。冷たいようで温かいようでやはり冷たいが結局生温い彼女は、可愛いのか可愛くないのかよく分からん爬虫類のペットのようだ(その例えもよく分からん)。 そっぽを向いて可愛くない顔をしながら、それでも飼い主に自ら愛されようと頑張る蜥蜴―― 結局疲弊して自滅するそんな蜥蜴を、死んだ後に人は愛すが、生きている間は決して気付く事が無いだろう。どれだけ精神と肉体を削って、知らぬ努力をしていたかという事を(健気などという言葉は、ハルナ・アカツキという人間に対する最高で最低の賛辞だ)。 “筋肉にガタがくるからあまり力んじゃいけないよ”、不意に、あのヤブ医者の声が頭に響いた。 それはランドルフィンを打ったばかりのハルナに捧げるべき言葉であろう。 しかし彼女の性格上、例え今足が痛んだからといって追跡をやめるとは考えにくい。 シンディアは、無茶の塊とも言える幼馴染の姿を浮かべ、知らずと走る速度をあげた。 暗闇にも目が慣れた頃、彼は、遠くに激しい物音を聞く。 ガンダ・ローサか、と、クラブに手をかけたその時。 パン…ッ、と乾いた音がした。 銃声。 |