降りしきるロッソよ、再び見えん。



















深夜のナンパ、過度の卑猥なスキンシップ。
そんな行為は治安の悪い蜃気楼において珍しくも無いけれど、彼女自身にとっては珍しいといえば珍しい。だから、思わぬ事態に、彼女は目を丸くして噴出した。

ぱっちりとした強気の目、小柄な身体。
色気と言うものは薄いにしても、引き結んだ唇は案外綺麗な色をしていて、黄金色の髪と瞳は時折聖女に擬えられる。

汗をかいたからといって仕事着を脱いで、体のラインが浮き出る薄手の衣服を身に纏い、誰も歩かぬような繁華街を反れた裏路地で暇を持て余していれば、ガラの悪い男の一人や二人に声をかけられるのは当然だろう。

幾ら男に劣らぬ活力気力を携えているといっても、彼女は女。

本来ならば彼女自身それを自覚して欲しいものだが、生憎ながら、この少女はそんなトコまで気を遣う精神を持っては居ない。

だからこそ、「ねぇ、暇ならちょっとそこの空き倉庫で遊ばない?」何て誘いに、

「嫌」
「どうしてさ」
「――気持ち悪いから」

なんて真顔で馬鹿正直に答えてしまったのだろう。
(ハルナ・アカツキ、十八歳。彼女は案外と自分の魅力に気付いていない)


流石にカッとなったのは男達。
三人組だった彼等は、力ずくにでもハルナを殴り大人しくさせようとするも、残念ながら其れを敵える事は力量及ばず。それもそうだ、街頭人としての勤務時間にあった彼女の腰にはクラブとナイフと小型の銃。加えて出勤直前打った薬物ランドルフィンの効果絶大、その足で股間を思い切り蹴られてしまっては足掻こうにも足掻けない始末であった。

思うよりもあっさりとケリがついた騒動に、ハルナは気絶を確かめる為男達を足で突きながら、後方から近付く足音にさっと振り向く。

「――なんだ、アンルか」
「何だじゃないですよ」

これ、一体何の騒動ですか、
アンル・オゼットは男達の傍にしゃがみ込むと、白目向いて気を失っているその表情をマジマジと見た。

「誰ですかコレ」
「知らない。肩触られて腰も触られたから蹴ってみただけ」
「それ、ナンパって言うんですよ」

正当防衛ですねぇと溜息をつくアンルは、それでもちょっと顔を顰めて、「気をつけてくださいよ。ハルナさん、女性なんですから」なんてさり気無く釘を刺した。

「それ、差別?」
「区別です」
「男女差別……」
「区別です。れっきとした、区別」

アンルはハルナを指差した。

「でも、アンルの方が可愛い顔してるわよ?」
「顔と中身は別物です」
「そうじゃなくて、アンルもナンパに気をつけてって言ってるだけ」

げしげし男等を踏みながら笑うハルナ。

「――カッコいいハルナさんも好きですが、程ほどにしてくださいね。そんなんじゃあソノラ・クロノイドに愛想つかれますよ?」
「コラ、それは禁句でしょーが!」

ちょっとムキになって言う彼女は、何だかんだ言ってもやはり年頃の女の子。
憧れのカレの名前を出されれば、トキメクものは素直にトキメク。

眉を顰めて、暗がりの中ですらちょっと頬染めて毒づく彼女に、アンルはつまらなそうに、「僕と話す時は普通なのに、ソノラの名前でそんなに赤くなるんです」不満そうに文句を言う。「アンル・オゼットって名前聞いたら同じ反応してくれません?」

「反応しません」
「――ほら、目がうるんだり」
「どこも変化無いっつの」

やっぱり、英雄的な存在じゃ無いとダメなんだなぁとアンルは肩を竦めて溜息をつく。

「そのうち、ソノラみたいな演出を」
「じゃあ、あなたも伝説になって行方を晦ませば良いじゃない。私に会うのは年に一度で」
「そんなの嫌です」
「――ワガママね」

溜息をついて、ハルナは背伸びをしながら笑って言った。「アンタに、一つイイ事教えてあげようか」

「何ですか」
「泣いて喜べ。私、最近ようやくアンタのこと嫌いじゃなくなってきた」

それこそ、顔を綻ばせて喜んでくれる――
かと、本気でハルナは考えたのに。意外や意外、アンルは驚いてるのか怒っているのか悲しんでいるのか分からない非常に複雑な表情をして思わず言った「それって、今まで僕の事嫌いだったって事ですか!?」

「いや、訂正。嫌いじゃないけど、気に食わなかった」
「一緒じゃないですか」
「全然違うわ。何か、行動言動の端々で気に障るっていうか、何かどこかで腹が立つって言うか。だって出会った時から胡散臭い男だったじゃない、あんたって」

満面の笑みでそこまで言われては、流石のアンルも言う言葉が無い。
彼は諦めたように肩を竦めると、溜息をついて夜空を見上げた。

「――そういえば、そろそろ満月の時期ですね」
「そうね」
「残念、明後日は昼の見張りだ。ハルナさんと、満月、見たかったなぁ」


それはどんなに綺麗な事だろう。
アンルは薄着のハルナに自分のフードコートをそっとかけながら、心惜しげに呟いた。









「……あれが、ハルナ・アカツキ?」

少女は、屋上のフェンスに腰掛ながら、興味なさ気に呟いた。
「何、アレ。まだ子供じゃない」無邪気に、しかし馬鹿にしたように笑う。「被験者って、もっと大人かと思ってた」

「リネンだって子供っぽいでしょー」

リネン、と呼ばれた彼女は、後ろを振り向かず己の相方に言葉を返す。「ノギシはおじちゃんだけどね」

「馬鹿、30代はまだお兄さんと呼びなさい」
「お兄さんって言うより、ガキ」

遠慮も配慮も一つも無い言葉に嫌な顔一つせず、寧ろその会話自体を楽しむように、科学者は笑った。
ノギシ・コトブキ。
黒眼鏡にコートを羽織って、胡散臭い笑みを浮かべる彼の知能こそ、外見等では計り知れない。

「ねー殺しちゃ駄目なの?」
「駄目」
「やだ、つまんない」

駄々を捏ねる子供のように、リネン・マーシェは頬を膨らませる。
身体にフィットしたワンピースに、左右に束ねられた綺麗なブロンドの髪は、愛らしく夜風に揺れる。

「あんな奴等に妨害くらってるなんて、ガンダ・ローサの特攻隊も間抜けなものね」
「こらこら、聞かれたらどーすんの」
「ローサ様は生粋のお嬢様だから強く仰らないもの。誰かが苦言くらいしてあげなきゃ。だから、ローサ様直々に蜃気楼にダイヴしなくちゃならない事態になってんのよ」

私に頼めばよかったのよ、とリネンは言う。「私は、こんなにもローサ様を愛しているのに!」

「前にレジスタンスを数人殺して説教食らってたじゃない」
「そうよ。でも、全ては愛ゆえだわ」

唇をなぞる少女は、眼下を飛び去っていく街頭人二人を目を細めて見下ろした。

「ねぇ、あの二人、まだ捕まえないの?」
「じっくり観察したいからね。できれば、真昼間の方が都合が言い訳よ」

マウスは、ちゃんと見えるところで観察しないと、正確なデーター取れないでしょ?
だから、お預け。

そう言われた彼女は、「やっぱりつまんない!」月夜の中で頭を抱えて叫ぶしかなかった。







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