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「個人的に好みの男はあんまり傷つけたく無いんだけど、こっちも仕事だから仕方ないのっ」 キャッキャとはしゃぐリネンは言った。 軽い口調とは裏腹に絶え間なく続けられる攻撃。 無数の鋭利な刃物を投げ込んできて、それらはシンディアの体力を少しずつ少しずつ消耗していく。 切れていく体の端端。花弁の如く舞い散る鮮血。それと汗。 銃で撃とうにも少女は壁やら屋根やら跳びまわり、正確な狙いを定めるのは極めて困難。 シンディアは実に不機嫌な苛立ちを覚えながら息を切らした。 「殺すか逃がすかどっちかにしろ!」 「やーよ、ノギシに怒られるもん」 「――く…ッ!」 あしらいながら投げられた鉄刃は、一つシンディアの腕に深く突き刺さる。 「ヤダ失敗!腕に刺したら観察の意味無いじゃん!」 頭を抱えてそれでもリネンは、すっと唇をなぞって「ねぇシンディア・レナード、まだイケそう?」馬鹿にしたように嘲笑う。 「無理だと……言ったらどうする?」 「それでも良いわ。でも、あまりノンビリしてたら私アナタの事殺しちゃうかも。でも安心して!そしたらハルナ・アカツキもちゃんと殺してあげるから。そしたら二人仲良くあの世でめでたくご対」 ご対面、 その言葉だけ先走って、感情はついていかなかった。 衝撃。遅れて、痛み。 え、何、――リネンが口端を引き攣らせながら己の肩を見れば、それは鉄刃。 「はっ……うぐぅ、!」 「お喋りが過ぎるとそうなるんだよ。リネン・マーシェ」 シンディアは、腕を走る血管の様に伝い血へ染みる鮮血を押さえながら、言い捨てた。 「バカ――最悪!何なのアンタ!あ、ぅ!痛い、絶対許さないんだから!」 「許さないと、どうなる?」 「ひゃっ…!」 続けざまに飛び来る刃。 リネンが投げ続けていた物を、シンディアが自ずとその手で受けていたのだ、掌を切り裂く痛みに堪え続けながら。深々と刃が刺さった筈の腕は、流血の量に反して動きの鈍さを全く見せない。リネンは痛みに顔を歪めながら、奥歯を噛締めて笑い叫んだ。 「流石奇跡の麻薬ねランドルフィン……めり込む刃の一つや二つ問題無しってワケ!」 「だから、何故お前がそれを知っている」 「デイシスだからよ!」 苦痛のまま笑い飛ばしリネンは尚も空を舞う。 「“デイシス”……?」 シンディアは怪訝そうに、「デイシス――ランドルフィンを開発流通している製薬会社の?」。 しかしリネンはそれに応えない。 「哀れ哀れ哀れ!まさに哀れよシンディア・レナード!その稀有なまでの能力、ハルナ・アカツキと共にローサ様の許で役立てればどんなに素晴らしい事か!」 「やはりお前もガンダ・ローサか」 「いいえ。“デイシス”よ」 混ぜてもらっちゃ困るわ。リネンは肩を竦めてまた笑う。 「シンディア・レナードってめっちゃ可愛い。何にも知らないのね可哀想に――でも大丈夫安心して!私がちゃーんと貴方達を導いてあげるから」 「……余計なお世話だよ」 「素直じゃないのね。でも、そういうの嫌いじゃないっていうか?」 リネンは肩から刃を抜きながら、シンディアを屋根から見下ろす。 「オッケィ。良いわ、あなたが私に致命傷でも食らわせられたら大人しく撤退する。でも、あなたが力尽きたら、データー取って貴方も捕獲」 「自分が死ぬ、という選択肢は?」 「あるワケ無いじゃん!」 リネンは結い上げた髪を肩から払いながら鼻を鳴らして叫んだ。 「さぁさぁさぁ、これからよシンディア・レナード!暴走する刃を止められるかしら!」 暴走という言葉を聞いてシンディアは思った。 ああ、そう言えばあの黄金色の髪を持つ幼馴染は一体何処でどんな目に遭っているのだろうかと。よもや傷ついてはいまいか、はたまた死んでなどいないだろうか。――死ぬなよ。死を覚悟しても良い。それでも、死ぬな。俺が見ていない所で死ぬなんて、気持ちが悪い事、するんじゃないぞ。 (ましてや、暴走を) それを止められる者は、恐らく居ないだろうに。 先刻よりも圧倒的数量飛び交ってくる刃を避けながら、シンディアは片隅で其ればかりを祈った。 (あと五匹……!) 肩で大きく息をして、足の痛みを必死に耐える。 ハルナの身体は疲弊していた。身体だけでなく、正味精神さえも。 既に数人気をやらせたとは言え不利は不利、変わりはない。例え全員倒せたとしても(そして死に追いやったとしても)頭上には一人暢気なマッドサイエンティスト的な誰かさんが笑って待っている。 考えて、ハルナはちょっと憂鬱になった。 (己の貞操が関わる戦いの最中に考え事とは命知らずだ) 足が痛いのは明白だ。 薬、切れ掛かっているのか、ハルナは苛立つが誰が悪い訳じゃない。体調によって薬の効き目なんて変わってくるし、それを作為的に操る方法なんてある訳ない。 だって、本土じゃ違法な薬だもんね…… 諦めだって必要だ、ハルナは汗を拭いながら尚も飛び交った。 「ほらほらほら、ハルナちゃーん!まだまだ頑張ってくれなきゃ困るよー」 「……うっさい…っ」 ハルナは叫ぶ気力もなくぼそりと呟いて、汗ばむ掌のままクラブを握りなおした。 向い来る野郎をまた一人。隙を見て後方から来る奴をまた一殴り。 弾を使い切った銃をメンテする時間も無い、全ては根気と体力、ハルナの肉体の限界にかかっている。 個人の力はガンダ・ローサの侵入隊に比べて低い。格段に。 しかし数は格段に別だった。 (シンディア……) シンディア、あんた何処に居るのよ。(まさか、アンタも追い詰められてんじゃ無いでしょうね、) ハルナはふっと視界が歪む感覚を感じ取った。こんな時に眩暈?ふざけないで。 馬鹿な体してんじゃないわよハルナ・アカツキ。あんたアレよ、ここでぶっ倒れたら慰みモノよ。 それでも良いわけ?良い訳ないでしょーが。 だから、さっさと倒しなさいよボケ(ボケはお前だ阿呆、)。 途端頭痛が走った。 頭痛、頭痛よりちょっと違う。 (あれ何これ。ふらふらする、) ハルナは男の拳を避ける序でに、ふっと膝を折り込んだ。 力が―― 「チカラ入らない?あれ、もう限界かなハルナ・アカツキ。残念だなぁ、もうちょっとギリギリのデーター欲しいんだけど困ったなーもう」 ノギシは眼鏡を掛けなおした。 「これくらいのマウスなら捕獲の必要無いかな。無いね。無いよ、ハルナ・アカツキ。実験体ってさ、限界見えたらどうなるか分かる?処分するしか無いんだよね――嗚呼、もう良いや。皆さんご苦労さん、それ好きにして良いよ。丁度体力無くなって来たみたいだしさ」 女の子って、反抗的だけど体力が無くなって来た辺りが一番イイんだよね。 (――死ね、) ハルナは膝を突きながら呻いた。 酷くなる頭痛と、周りからの視線、嫌な汗、力入らぬ掌、足、散漫な思考に支配される脳。 咽喉の奥でちょっと嫌な味がした。何だっけこれ、知ってる、――嗚呼、 血の味だ。 視線がハルナを取り囲んでいて、それは愛情や同情や庇護の色等皆無である。 気付けば敵に囲まれていたのだった。 ……いるのは五人。あと、ビルの陰にまだ数人。 絶望って、まだ余裕がある時に感じるものだと始めて知った。 本当に絶望的な状況にあるものは、それに浸る余裕など無い。 初任務からまだ半年経ったばかりである。 いや、初任当日に死ぬ奴も居ると考えれば、半年も経てばベテランか。 でも、これは酷い。酷いけれど自分一人しかいなかった。 シンディアも居ない。信頼する副隊長も、仲間も。無線だって壊れている。絶望。 ガンダ・ローサか。 そう聞けば、「如何にも」と。 雨が降って、足元は泥濘。視界は最悪。 死ぬと思った。でも、どうせ死ぬなら全員殺して最期の一人と一緒に死にたい。 だから走る。 街が守りたかった。 守りたい物と守りたい者が居た。 そうして守ってる自分が居て欲しかった。この街に。 戸籍なんて形式のモノじゃなくて、法律なんてものに庇護される自分じゃなくて、――生きていたい。 だから殺す。 殺そうとしてくるから殺す。 でも、多分今日は死ぬ。 だって、ほら、足が痛くて、腕が上がらなくなって、目だって開かなくなってきて、身体はすぐに冷たくなる。死ぬのだ。 でも、死ぬ瞬間絶望なんてしてやるものか。 最期は満足して死んでやる。 だから、あと一人。 あと一人。 一人倒れる。自分も血が出る。 足を引き摺っても腕が裂けても、 あと一人… あと一人… (ハルナさん) 遠くで声が聞えた。 |