< 謡え、狂い世の理を 6 >
銃声。 支部の廊下に、軽い発砲音が響いた。 突如放たれたその弾は、しかしながらシンディアの肉体を傷つけるには至らない。 早すぎる俊敏な反応。ハルナに劣らぬその脚力で身を翻すと、そのままシドの腹にサイドから蹴りを入れ、 「……っ…!」 一瞬息を詰らせた彼の頭を手にした銃で殴る。 ぐらり、脳を揺さぶられたシドは、――そのまま気をやる事を何とか耐え、その場に足で踏ん張った。 「クソが……っ」 「お前の事か?」 加えて入るシンディアの拳。 容赦無い彼の力で押し上げられた鳩尾は、鈍い音を立ててシドの呼吸を瞬時止める。 (――入った)、そう思うが、しかしシドはその痛みを気にも留めぬよう逆にシンディアに掴みかかった。 「効かねぇよ!」 お返しと言わんばかり、シンディアの腹に拳を埋める。 激しい衝撃を腹部に受けながらシンディアは顔を歪めるが、それに怯むことなくシドの首許を掴んだ。 至近距離、ともすれば再度発砲の恐れすらあるこの状況でシンディアは敢えて彼の方へ向かう。 その姿は平生敵との距離を適度に保ち冷静な判断をするシンディアを知るハルナならば、奇異に思えた事だろう。 シンディアの動きに容赦は無かった。 掴んだ首許をそのまま締め付け――ランドルフィンで強化された人間の力は相当である――、勢い劣らずシドを床に叩きつける! 視界が反転し、シドは流石に瞬時意識を飛ばすほどの衝撃に襲われた。 すかさず、シンディアはガチャリと銃を彼の頭に突きつけると到って冷静に問う。 その瞳にやはり妥協は無く、 「彼女は何処だ」 「……っは……知るか」 「五秒やる。答えろ」 「――……」 「三、二、…」 「…………っ…あぁ糞!分かった言うから俺の脳味噌ぶちまけんな」 ああ、詰らない。 そういった表情でシド・マーティンは急に体の力を抜いて言った「外の倉庫だ」。 「案内しろ」 シンディアはシドの銃を奪うと、彼に銃口を突きつけたまま立ち上がるよう促した。 「嘘をついたら殺す。彼女が死んでいてもお前を殺す」 「ああ、生きてる。生きてやがるよ。ったく、トリスの野郎ロクな事思いつかねぇ」 シドはふらふらする頭を抑えながら、上半身を起こした。 「トリスの所為で、あの女さっぱり目を覚まさねぇし」シドは毒気付く。「……死んでる訳じゃねぇから、まだ殺すなよ俺を」 案内出来なくなるぞ、とシドは首をかきながら立ち上がる。 既に彼は抵抗を示さなかった。 そもそも、このお遊びは、元々大してシドの好奇心をそそる物ではなかった。 それこそ彼の好奇心を心の底から掻き立て悦楽の衝動に走らせるようなお遊びだったなら、こんな所でシンディアに降参している筈も無い。脳をぶちぬかれようが首を掻っ切られようが、自分の楽しみを果たすまでひたすら笑って血を流す。そういう男達なのだ。 今回は、ただ、同室の葬儀屋が気紛れで起こした事件に立ち会っただけ。 命をかけてまで抵抗し、ましてや脳天ぶち抜かれるなんて真っ平ゴメンだ。それこそあのトリスが責任を取ってくれるのかと何万年問い詰めたところ、畢竟良い返事が返ってくる訳も無い。 未だ隙を見せぬよう冷徹な瞳を向けるシンディアは、念のためと言わんばかりにシドの両手を後ろ手にし手錠をかける。ガンダ・ローサを相手にする時は滅多に使わないが、こういう時こそ役に立つ。規定で決められた所持品なだけあるなとシンディアは一人納得した。 「クソが、主犯は俺じゃねぇよ」 「知るか。さっさと案内しろ」 シンディアは頭で、歩くよう促した。 シドは舌打ちする。 (ああ、ったく何が原因かってあの馬鹿男だ!) レイチェル・フィーネの身を引き渡したところ、それはそれであの男は文句を言うのだろう。 全く持って、面倒な男を知人に持ったものだと苛々思考に耽る彼の気持ちは、シンディアには伝わる筈も無い。嫌味の一つや二つ言ってやるだけじゃあ気がすまない。一度痛い目を見せてやらなければ、ああいう狂人は反省の二文字すら考えようとしないのだ。 (トリスの奴、次会ったら絶対前髪切ってやる)、 ――結局、それしか思いつかなかった。 「撃たないの?」 うざったい前髪から垣間見えるその表情。 首を傾げるトリスの仕草と言ったら、これ以上に無く皮肉めいて可愛げの無いものである。 インディゴの髪をゆらりと揺らしながら、彼は肩で笑った。「人を撃ったことありませんとか言ったら笑うよ」 もう笑ってるしさっき撃ったじゃんそう思って舌打ちするハルナに彼は言葉を続けた。 「つーか、アンタ誰」 「見て分かんない?」 「街頭人」 「分かるじゃない」 「じゃなくて。何で俺のこと知ってんの。俺、アンタの事知らない」 言われてハルナは心底ウンザリした。 (そりゃアンタの知人なんてなりたく無いっつの!) 「別に殺しに来たわけじゃない。アンタが攫った子、返しに来てもらっただけ」 互いに銃口を向けたまま。 暫し、無言が続いた。 何か考え込んでいるのかそれとも何にも考えちゃいないのか、トリス・アーノルドはハルナの目を見つめたままうんともすんとも言わない。やがて、あぁ、と、何か理解したように――何か馬鹿にするような相槌と共に彼は笑った。 「あの女ね。看護婦さん」 「レイチェル・フィーネ。あの子、無事でしょうね」 「何、あれ取り戻しに来たんだ?もしかして五番街から?は、ご苦労なこった……アレ、もしかしてあんた昼間俺にぶつかった女じゃね?ちっこくて見えなかったけどやけに生意気そうな目ェしたあの街頭人」 「ちっこくて生意気は余計」 ハルナはウンザリした。何だこれ。何この状況。 何が楽しくて銃口向かい合わせたまんまコイツの悪態に付き合わなくちゃならないんだ。 「どうでも良いけど、彼女取り返しに来たんだから素直に返して。寧ろ一刻も早くこの街を出たいの」 「どうして」 「それはどっちに対しての質問よ。前者?後者?前者にしろ後者にしろ答えるのが面倒くさいしアンタに答える義務は無い」 「うわ、生意気。すっげぇムカつく」 「アンタ以上にムカつく人間はこの世に居ないわ」 「んな事言ってると脳天ぶちまけるよ?」 「ああ良いわよやってみなさい」 ハルナは自棄になって笑った。 「その時はアンタも一緒よ。二人で脳天ぶちまけて馬鹿みたいに部屋グチャグチャにしてやるんだから」 その言葉はグロテスクに、そして優雅。 淀まぬハルナの台詞、トリスは暫し呆気に取られたような顔をすると途端切って溢れたように甲高い声をあげて笑いだす。 突然も突然。心底可笑しいかのように息継ぎを困難にしながら笑う彼にハルナは呆然とした。 「良いねぇアンタ!イっちゃってるじゃん――…ああ、何、名前、」 「は」 「あんたの名前」 「知ってどうする」 笑う男に隙が出来た。 すかさずハルナはトリスの銃を弾くが、彼は最早そんな事に興味が無いかのように楽しく笑い続ける。戦意喪失、というよりは最早この厄介事の放棄だろう。彼は床に座りこんだまま、半端に膝立ちするハルナを見る。その視線は、最早敵意でなく興味の色を宿し、 「名前教えてくれたら、あの女返してやるよ。何か目ぇ覚まさないし何も喋んないからどっかに捨てようかと思ってたけど」 (シンディアが居たら殺されてるわよ) ハルナは弾いたトリスの銃を拾い上げると自らの腰に差す。 「それなら話は逆よ。レイチェルの無事を確認したら、名前教えてあげる」 「本当?」 「本当」 「嘘だ、あんた嘘を吐く時声が小さいよ。バレバレ」 嘘を吐かれるのは慣れてる、 そんな事を呟きながらトリスはのらりくらりと立ち上がった。 「本当よ。名前だろうが住所だろうがスリーサイズだろうが何だろうが教える気だけは一応あるからさっさとレイチェルのところへ案内しなさい」 「気だけあるんだ」 それって意味無いしとトリスは頭を掻いた。「良いよ、案内してあげる」 ハルナは内心疑いながらも最早この男から闘気云々感じられないことから取りあえず着いていく事にした。 銃口は向けたまま、彼の動きに不審な行動が無いかどうかを見定めたまま――彼の歩みを促す。 「……信用ないね俺」 「ったり前でしょ。良いからさっさと歩いて誘拐犯」 「人聞き悪い」 人聞き悪いもクソも無い。 「それに」ハルナは思い出したように切れた頬を拭った。「女の顔傷つける男にロクな奴は居ないのよ」 本当に気にしてたら、こんな仕事やってられないけれども。 からっきし人気の無い場所である。 辺りは人の手が加えられない雑草が伸び伸びと生え、切れかけた電灯がちかちかと不規則に照り、殆ど使用されていないかの様な倉庫は赤錆が全体を覆う程腐食していた。 シンディアはシドの後を歩きながら、こんな所にレイチェルを置くなと心の中で呟いた。 「中に仲間は」 「居ねぇよ。知ってるのは俺とトリスだけだ。――セダの野郎に見せようと思ったがあんた等が居て呼べなかった」シドは面倒くさそうに首を鳴らしながら言う「鍵もかかってねぇしさっさと入りな」 もうこんな事はうんざりだとシドは傍のドラム缶に寄り掛かった。 シンディアはそんなシドから目を離さず、腰からもう一つ手錠を取り出す「まだ信用しちゃいないんだ。暫く拘束されてて貰おう」 言うと、後ろ手にかけられた彼の手錠にさらに手錠を繋ぎ、倉庫脇に突き出したパイプに繋げた。念には念を。誘拐犯には拘束を。 「おいおいおいフザけんなよテメェ!」 「念の為だ念の為」 「逃げねぇっつってんだろうが……ああ、面倒くせぇ!さっさと中入って女出して来いこれじゃあ便所も行けねぇよ」 シドは苛々しながら項垂れる。 シンディアは彼を一瞥すると、黙って倉庫の扉に手をかけた。 冷たい。夜風は一層鉄の扉の温度を奪い人間の手を遠ざけ、その扉を少し開けば軋み擦れる錆の音が耳に響く。 (レイチェル、) こんなところで、君は―― 滑車が砂利を潰す音を疎ましく思いながらシンディアは一気に倉庫を押し開けた。 鈍い音で開いた扉をくぐり歩き進めると、床に放置されたシャベルが足に当たる。 思うほか倉庫の中は暗い。これでは歩き進むのも困難だ。 シンディアはライトで周囲を照らす。 やや大きく広い倉庫の為、すぐにレイチェルの姿を確認することが出来ない。仕方無しにシンディアは叫ぶ。「おい、レイチェルをどこに置いた!」 「まだ寝てたら、右奥の土嚢の上だよ!」 苛立ったシドの声はすぐに外から響く。 シンディアは右奥を丹念に照らし同時に足を進める。 山積みの藁、そして奥には同じく山積みの土嚢。崩れ置かれたその上に、蹲る様に倒れる人影―― 「レイチェル……!」 足場の悪さを忘れ思わずシンディアは駆け寄った。 いつも着ているワンピースにシルバーピンクの流れる髪。癖気のあるその髪質、細い体。 間違いなくレイチェル・フィーネだ。 気絶したままなのか、だらりと力無く横たわる彼女の顔を良く見るため、シンディアはその顔を覆う髪を優しく退けた。 「……レイチェル、」 息はしている。 本当に眠っているだけらしい。顔にも体にも傷は無く乱暴をされた形跡も無い。シンディアは安堵の溜息をついた。 レイチェルの頬を撫でる。大丈夫、温かい。 シンディアは彼女の髪を撫でると、もう一度声を掛けた。「レイチェル、目を開けろ」 「……――ん」 「レイチェル、俺です」 その声に意識を引っ張られるよう、レイチェルの閉ざされた瞳がうっすらと開いた。 「……シン……ディア、……?」 「助けに来ました。大丈夫、無理して体を起こさないで」 そう言って、そっと彼女の体を抱き上げる。 まだ覚醒しきれず体を動かせないレイチェルはシンディアに全体重を預けているにも関わらず、大分軽く感じられた。 そういえば、こうして抱き上げるのは久しぶりだな、とシンディアは思った。 小さい頃、転んで怪我した彼女を運んだきりだったか? そんな記憶もうろ覚え。彼女に関しては覚えているかどうかすら分からない。 落とさぬようしっかりとレイチェルを抱えなおすと、シンディアは倉庫を出た。 「遅ぇよ」シドは悪態づく。「早くこれ外してくれ」 「悪いな、手が塞がっている。仲間と合流したら外してやるから我慢していろ」 「は!?お前死ね!こんな所に放置される趣味はねぇよ!」 「自業自得だと思って暫く待ってるんだな」 シンディアはそう言い残すと、支部に向かって去って行ってしまった。 「ああ、腹立つ……トリスの野郎何してやがる!」 募る苛立ちにシドは倉庫の壁を思い切り蹴る。 「痛ぇよクソが!」 それこそ、自業自得だった。 「……ちょっと」 「何」 「何じゃないわよ。アンタ一体どこに向かってんの?」 「さあね」 ふざけるな、ハルナは顔を顰めた。 いつ他の葬儀屋と遭遇するかも知れぬ廊下を延々と歩き、階段を上がったり下がったりしたと思いきやとうとう第二宿舎の非常口から外へ出るトリス。 一体どこへ向かってるんだと、ハルナは彼に向けていた銃口の狙いを定めなおして言う。 「これ以上お遊びに付き合ってらんないのよ」 「レイチェルって女の場所はきっとシドが教えてる。まあそうじゃなくてもあの場所にあの女が居るのは俺等しか知らないからだいじょーぶ」 「だったらどこに向かってんのよ」 「何処でも」 意味不明な事を言いトリスは振り向いた。「アンタ、また五番街に帰るんでしょ?その前にいっぱい話しとこうと思ってさ」 ハルナは思わず顔を引き攣らせた。この場にシンディアかアンルが居たら、恐らく彼女と同じ反応をしていただろう――いや、アンルに限っては笑い飛ばしているかもしれない。 (絶対馬鹿だ)そう思い溜息をつくと彼女はがっくり肩を落とす。 「……口説いてんの?」 「どうだろ」 「何それ」 「女なんかと話したいと思ったのは初めてだから」 トリスは欠伸をしながら言った。「だって女ってウザイし面倒だし何かすればすぐ泣く癖にいざってなると喚いて叫んで根に持ったりなんかしてホント喋らないで死んでればって思う奴等ばっかでさぁ」 それってアンタだからじゃない?との思いは声に出さず……ハルナは辟易した。 「あのねぇ。こっちはレイチェルも見つからずアンタの所為で無線も使えなくて仲間と合流も出来ないし苛立ってんのよ」 「うん」 「うんじゃないっつの……」 ハルナは呆れかえって、今しがた出たばかりの第二宿舎を見上げた。 疎らに点く部屋の明かり。時間も時間、寝ている葬儀屋連中も居るだろう。 こんな暗がりで他の葬儀屋に見つかったら今度こそ無事ではいられないかもしれない――ハルナは思い、トリスの方を向いた。 「さっさと本当の場所教えないともう一発撃つわよ」 「どうぞ」 「大した度胸ね、あんた……」 そこまで言って、ハルナはふと思い出した。 先程トリスの腕を貫いた銃弾。 明らかにヒットし血飛沫が飛んだにも関わらず、その熱、痛みをものともせずに彼女へ銃を向けたその腕―― 「アンタ、腕は痛くないの?」思わず尋ねる。「結構良いトコ撃ったと思ったんだけど」 「あ?……あー、コレね。痛そうでしょ」 「痛そうでしょじゃなくて。どうしてそんな平然としてられんのよ」 「痛くないから」 「は?」 思わず聞き直すハルナに、トリスは言い直した「だから、痛くないんだって」 「よっぽど根性が据わってるとか?」 「違う。俺、痛覚鈍ってんの」 トリスは口端を歪めて笑った。 「俺だけじゃないよ。シドも他の葬儀屋も、大抵痛覚鈍らせてる。んなモンで相手に隙やってもつまんないし、そうじゃなきゃ死ぬし」 「――」 「ランドルフィンΕ。アレ、結構効くんだよね」 平然とそういうトリスに、ハルナは最早言葉も無かった。 “Ε”を、……常用している――? それは、恐らく彼等の痛覚以外のものも侵食している筈。個人ではなく葬儀屋と言う集団で使用するそれは、誰かに強要されているのかとハルナが問えばトリスは首を傾げた。「無理矢理っていうか、気付いたら皆打ってた」 ああそれって無理矢理なのかなァとケラケラ笑い、トリスはハルナの視線を促した。「あそこに行こう。俺が好きな場所、」 唖然としているハルナが無理に視線を運んだ先は、宿舎からやや離れた所に立つ建物。 無機質なコンクリの宿舎と打って変わり古い木造でやや手の込んだ、それでいて簡素にも見える建物は、辛うじて街灯に照らされその姿をぼんやり浮かばせる。 楽しそうに足を進めるトリスの後に続いてハルナは歩き出した。 雑草を踏みしめる音。虫が鳴く音。遠くで犬がほえる声。 自分が今、八番街――地獄の中の地獄に居る事を忘れさせるかのようなこの状況に、ハルナは気抜けも気抜け、気持ちがついていけていない。先程まで生死のやり取りをしていた男と、何をする事も無くただ歩く。狂人とも思える程起伏の激しいトリスの感情を腹立たしく不快にイラつきながらも、否応無しに付き合う自分がいる。 ハルナは頭を振った。 (ああ、この際レイチェルが無事ならどうにでもなったって良い!) 例えあの木組みの建物で自分が死んだって構うものかとハルナは自棄になった。 トリスは、その建物の前に立つと、ボロボロの扉の取っ手に手をかけ手前に引く。 「ここ、教会なんだ」 トリスの言葉にハルナは首を傾げた。「教会?」「そう、教会」 「――この島が“蜃気楼”になる前、工場で働く人たちが作ったんだって」 トリスは扉を開けたままハルナを中へ促した。 ハルナは銃口を向けたまま、腰のペンライトに手をかけて足を進める。 トリスが中に入ると、教会の中は真っ暗――……では無く、壁の端端に少ないながら蝋燭の火が灯されていた。 「あれ」と、トリスは呟く。 「何この蝋燭」 「知らないわよ。アンタがつけたんじゃないの?」 「んなわけないじゃん。あぁ――もしかして、帰ってきてるかも」 誰がよ、 そう言うのと同じくし、さぁ、っと、月明かりが教会の窓から差し込む。 青白い光。天窓から差し込む光は、暗い教会内を照らし出す。 眩しさに細めた目をハルナは見開いた。 その温度無き冷たい月光に曝され――その男は、ただ静かに立ち尽くす。 |