「月下零か」
「……月下零です…」
「こんなに沢山か」
「……沢山です」
「どこから」
「……裏山」
「自分で?」
「……自分で」
「いつ」
「…今朝方まだ暗いうちに……」

これまでの人生に置いてここまで気まずい雰囲気を彼と彼の主人が共有した事はあっただろうか(否無いだろう)、そんな哀れと言えば哀れな彼に、実に(表面上)機嫌が宜しい領主閣下はふっと笑い、珍しく自ら人型を為して馬舎から足を踏み出そうとしていた黒毛の愛馬の頭をそっと撫でてやりながら、それはそれは気味が悪いほどそっと優しく囁いた。「お前がそんなに努力家だとは付き合いの長い流石の俺も知らなかった」その一言にばっと顔をあげた彼は、しかしこれは決して疚しい事などではなく所謂貴方の奥方に対する礼儀の表れでありそれ以上でもそれ以下でも無いと慌てた口調でまくしたてた。その弁明というか何というかを一通り聞いた彼の主人は、分かっている、そう優しく言ってもう一度だけ愛馬の頭に手をそっと置いて「良いだろう、心置きなく渡してくるが良い。あいつは今頃俺が与えた甘味をどこぞの出張土産と勘違いしてニルと共に暢気に食しているはず、お前のその心からのお返しとやらは実に心染み入る感動を与えてくれるに違いない」

それを聞いてグロチウスは猛然とした勢いで馬舎に戻り、姿を馬の其れに戻すと手にした月下零も投げ打ってもっさりとした藁に勢い良く突っ伏した。向かいの白馬は、欠伸一つして気の毒な同種をただ静かに見守るばかり。






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